今週は、U2の最新アルバム『No Line On The Horizon』に、その作品「海景」が使われた現代美術家、杉本博司さんのHidden Story。
そのモノクローム写真に映っているのは、空と海だけ。
写真の真ん中あたりにある水平線は、ずっと向こうで空と混ざりあっています。
空と海と水平線。 世界のさまざまな海で、全く同じ構図で撮影されたシリーズが、杉本博司さんの「Seascapes 海景」。
80年代になって、海のシリーズが始まるんですね。 「水」を作品にしたいと考えていて、形のあるものじゃなくて、水をとるにはどうすればいいかということで、真ん中に水平線がある「世界中の海」にたどりついたんですよね。 これは時間の観念というか、写真というのは、時間のメディアですからね。 古代人が見ていた海を現代人も見ることができるか?という設問なんです。
古代人が見ていた海を現代人も見ることができるのか?
この問いかけは、もうひとつの問いかけにつながります。
私たちはどこから来たのか?
私はどこから来たのか?
「時間をさかのぼり、記憶をさかのぼって、それを思い出したい」
杉本博司さんはそう語ります。 そのために見つめるのが「海」。
人間の古い記憶の古層をたどっていくには、どんな方法があるかな?それを写真でたどっていけないかなと考えたんですね。 で、古代人と見ていた風景と現代人が見ている風景で、同じ風景を見ることができないかと。 地表上は、東京なんかで見ても分かるようにまったく変わっていますよね。 でも、「海だけは 最初の人間が地上にあがってボーッと眺めた海と、今私たちが見る海とは、そんなに違わないんじゃないかな」と思ったんですね。 そういうような気持ちを持ちながら、世界中の海をとってあるく、というシリーズが始まったんですよね。
この世界観に アイルランドのロックミュージシャンが魅了されました。
その人とは、U2のボノ。
最新アルバムのタイトルは、まさに、杉本博司さんの「海景」から導かれた「No Line On The Horizon」。
ジャケットには、杉本さんの作品が使われています。
そして、このアルバム・ジャケットについては知られざる物語 Hidden Storyがあったのです。
U2 『No Line On The Horizon』
このアルバム・ジャケットに隠されたストーリーの前に、現代美術家、杉本博司さんが活動を始めたころのお話を。
1970年、ヒッピー文化が隆盛を極めるアメリカに渡った杉本さん。
74年、西海岸からニューヨークへ。
広告写真の仕事に取り組みますが、「人からいろいろ言われてやる仕事は性にあわない」と、辞めてしまいます。
そこで出会ったのが、現代美術でした。
こういうことやって世の中を生きて行くことができるんだと。 現代美術というのがあるんだと分かったわけです。で、自分自身も相当変わっているから、社会にどうやって適用できるのかと自分ながらに悩んでいたんですが、変なことを考えている人間が堂々と世に出る方法は現代美術しかないんじゃないかと。
最初に撮り始めたのは、ニューヨークの自然史博物館にある剥製を撮影した「ジオラマ」というシリーズ。
じゃあ、これをどうやって世に出すか、ということを考えるわけですよね。なんというんですか、トップダウン方式というか、上からおりて行こうと考えたんですよ。
普通、無名の作家が小さな画廊で個展をやって、もう少し大きな個展をやって、最後に美術館となるんですが、その考え方をまったく変えて、とりあえず、MoMA、近代美術館でポートフォリオレビューがあると聞いて、ジョン・シャカフスキー、絶対的な権力を持っているその人に見てもらおうと。
そうするとセクレタリーの人が出て来て、シャカフスキーが会いたいと言っていると。
20代の若者が いきなりMoMAの門を叩き、しかも、すぐに認められたのです。
ニューヨークで制作活動を本格的にスタート。
やがて、始まったのが「Seascapes 海景」の撮影でした。
2009年6月。 杉本博司さんは、バルセロナにいました。
巨大なスタジアム、カンプノウで行われる U2のワールドツアー初日。
ライヴのなかで、杉本さんの作品「海景」がスクリーンに映し出されることになっていたのです。
ステージの上に360度のスクリーンがありまして、そこで何かをやろうということになって。 わずか5分20秒のために、海景が50点くらいフェイドイン、フェイドアウトするというのを作りまして、その調整でいったんですけど。 9万人の観衆ですね、満員ですよ。 それが興奮のるつぼに巻き込まれるという、古代のなんか神殿空間というか、儀式の空間というか、そういうなかで杉本、とかシャウトするんですけど、映像がうわ〜っと出てくるという、面白い体験をしましたね。
最後に明かしていただきました。
U2 ボノとの出会い、そして、ジャケット写真のこと。
ボノは杉本作品が昔から好きだったと。で、自分の家から地中海が広がっているのから、そこで海の作品を撮ってくれっていうんですよ。 ごめんなさいね、人に頼まれたら撮らないんだよと。 断ったんですけども(笑)。 でも、いろいろ話し込んでいたら、僕のいうことをメモを取り出すんですよね、これは使えると。それでそのあと、もう1回、ダブリンの家に行ったんですけど、実は今作っている途中で、No Line On The HorizonはSeascapeからインスパイアされているんですね。
で、目の前で歌ってくれるわけですよ。
それでどうだ?って。
どうだって言われても、まあ、何らかの意見を言って。。。
それで、やっとできたっていうんで、海景をジャケットに使いたいって言うんですよ。で、また、「やだよ」って言ったんですよ。
「どうせU2とか文字が入るんでしょ」と。
で、多分断るだろうとおもって、冗談で、海景だけが前にあるだけでいいよと言ったんですよ。
そしたら、それでいいっていうんですよ。
裏にはいろいろ書いてあるけれど、表面には何も出てないという変わったアルバムができたんですね。