2011/5/20 銀座ミツバチ・プロジェクトのHidden Story

今週は、銀座でミツバチを飼う!
その名も「銀座ミツバチ・プロジェクト」のHidden Story。

始まりは、2005年。ひとりの養蜂家が東京でミツバチが飼える場所を探していました。
その噂を聞いたのが、銀座3丁目にビルを構える株式会社 紙パルプ会舘の田中淳夫さん。

「ビルの屋上を探している養蜂家がいる」という話を聞いたんですね。
ミツバチなんか街の中で飼うのは危ないんじゃないかと。そのときに紹介してくれた方が、ミツバチの一生は卵からうかするまで21日。そのあと3日間お掃除をして、4日目から蜂蜜と花粉をこねこねして女王蜂のお世話をしたり、家を修復したり、だいたい20日目くらいでそのあと門番をするんですが、門番をしたらそれで人事総務の内勤が終わりで、そのあとは外勤バチになるんですね。

そうすると30日から40日の命だと。短い命を次につないでいかないといけないから、人に構っている暇はないんだ、という話を聞いたんですね。そこでひらめいた。
「だったら、その養蜂家にうちのビルの屋上を貸してあげて、場所代として蜂蜜がもらえるかもしれない」という話になったんですね。

養蜂家にビルの屋上を貸し出すはずが、自分たちでハチを飼うことになりました。
2006年3月28日、ミ・ツ・バチの日、銀座で養蜂が始まったのです。

銀座の屋上を見て頂くと、ビルしか見えないですよね。こんなところで蜜がとれるのかと。
え〜、置いてみたらですね、ソメイヨシノから始まって、フレーバーの蜂蜜が毎週とれて、初年度は3ヶ月だけおっかなびっくり始めたんですが、150キロとれたんですね。

銀座から皇居周辺までのソメイヨシノ。
銀座マロニエ通りのマロニエ。
日比谷公園のユリノキ。
ミツバチは さまざまな花の蜜を 持って帰ってきました。

そして、この蜂蜜が今度は銀座の職人さんの「技」とUniteします。

銀座はもともと江戸時代から職人の街だった。

ここにはモノを作る人たちが住んでいた。技術者集団がこの街にいたんですね。

今も銀座にさまざまなモノを作る方がいらっしゃるので、銀座でとれた蜂蜜は銀座のみなさんの技で商品を作っていただきたいということで、三笠会舘のバーでカクテルにしていただいたりとか、ホテル西洋さんでマカロン、アンリ・シャルパンティエでマドレーヌ。松屋さんでも文明堂のカステラだとか羊羹だとかさまざまなお菓子を作っていただいたり、資生堂パーラーでもフレンチトーストにかけていただいたりしているわけですから要するに、1丁目から8丁目までみなさんに使っていただく、ということで広がっていますね。

2年目、活動は大きく広がります。
NPO法人銀座ミツバチ・プロジェクトが発足。

NPOという公的な器ができる、ということで責任も出てきますんで、そこで今後は、環境とか地域の活動につなげていけないかということで、2年目から考えました。

そこからつながっていったのが、ファームエイドというイベントです。

今の農業で農薬を使わないという選択肢は難しいんですけど、できるだけ農薬を使わずに丁寧にやってらっしゃる生産者の方もいらっしゃるだろうと。そういう方々に銀座に集まってもらって、消費者と直接交流を持ってもらおうということでファームエイドというイベントにしました。
そこでシェフとか板前さんとかと直接交流が広がって、その生産者のものを直接買うという仕組みづくりをしています。

さらに、このファームエイドで縁のできた生産者の方に「苗」を提供してもらい、銀座のビルの屋上緑化に使いました。
そして、その作業の際には、銀座ならではの光景が見られます。

そのときにはいつもクラブのママさんに着物姿で植えていただく。
着物姿で農作業をしたら世界中のメディアが来るんですよね。その発信力はすごいですね。

今、都市が環境と共生するメッセージをどうアピールしていくかというのは、いろいろあると思うんですが、銀座ならではのバーテンダーさんが屋上でカクテルを作って、農作業が終わったらそれで一杯飲みながら、クラブのママさんと農作業するなんてね。

現在は、農業生産法人 銀座ミツバチを立ち上げ、「銀座で農家になりました」と笑う田中淳夫さん。
最後にこんなコメント。

僕らのミツバチプロジェクトというのは、見えないものを見ることができる「環境に対する窓」みたいなものなのかなと思っていて。ある方から言われたのは、今一番問題なのは 都会の人の無関心だと。その無関心を奥山とか地域に向かせるかが大切だと。

なるほど、最初は銀座でお騒がせの僕らの活動も、街の人たちが見えないものを見て、今自然の環境がどんな風になっているのか、だんだん見えてきたのかなとそういう感じがしますよね。

植物が実を結ぶためには、ミツバチの存在が欠かせません。
そのミツバチが銀座の空を舞い、教えてくれること。

遊び心で始まったプロジェクトは、今や人と環境をつなぐプロジェクトとなったのです。