2012/3/9 ふくしま市場のHidden Story

今週は、福島県産の商品を扱うアンテナショップ、「ふくしま市場」のHidden Story。
» アンテナショップふくしま市場

東京都江戸川区にあるイトーヨーカドー葛西店。
この1階に「ふくしま市場」はあります。
店長を務めるのは、櫻田武さん、42歳。

福島県福島市の瀬江町というですね、リンゴ畑がたくさんある、のどかな町から来ました。そこから来ました。
最初ですね、物産展、福島県の物産展がありまして、業者さんの選定から企画運営からさせていただきまして、平成8年の4月1日にきて、それから11年間させていただきました。

「ふくしま市場」がオープンしたのは、平成18年、2006年8月10日。
当初は、物珍しさもあってお客さんが集まりましたが、秋風の吹く頃から売り上げが低下。

「これではまずい」ということで、自分のやりたいようにやらせてもらうということで、試食販売を損得勘定なしでやらせてもらったんですね。

棚においてあって売れるものはないと。棚においてあって売れるのは、『ままどおる』と、『薄皮まんじゅう』と、『ゆべし』くらいしかないということで、とにかく食べてもらおうということで、どんどん試食を出していきまして、それからだんだん変わっていきまして。次の年の4月になって、福島は山菜もおいしいので山菜を天ぷらにして出したんですよ。ごはんつけてですね。そしたらこれがウケまして、お客さんとの会話もはずむようになりまして、信頼関係ができて、それでやっとお客様の買っていただける点数も多くなってですね。「ダメだ」と思っていたのが2年目から軌道にのって、3年4年5年と続いて、やっと自分が思っていたお店ができ始めた矢先が3月11日というかですね、新たな挑戦をしようとした矢先にああいうことになってしまいまして。

昨年3月11日、地震が発生したそのときも、試食販売のために、南相馬のメンチカツを 揚げているところでした。幸い、スタッフもお客さんもケガをすることなく、商品も無事。ライフラインのひとつとして、夜9時まで営業しました。

翌日も朝から普段どおり開店。しかし……

12日の日に「店長テレビ見てないと思うけど、原発の事故あったそうだよ」ってお客様に言われて。「ええ?」と思って、「やはりこういうことあるんだ」と思って。「これはお店やれないのかな」と。

そういう「もんもん」とした日々が続いていたんですけど、円谷製麺さんという、うどんとか、そばを作っている福島県の浅川町のメーカーさんなんですけど、その方に連絡がついて、「いま大変なようだから、俺が持ってってやるよ」と。お米とか野菜とか持って来てくれると。そのお米、原発事故あったけど、どこにあったんですかと聞いたら、倉庫に入っていたものだから原発の影響受けてないよね、と。じゃあそれいきましょうと。あとは、会津の農家さんで手代木さんという方がいて、花をですね、3月のお彼岸のときに買ってもらおうと思った花がいっぱいあるから持ってってあげるよと。そういうネットワークがあって、16日の朝を迎えたんですけども、その前の日は品物が来ると思ってワクワクして眠れないほどだったんですけども、ヨーカドーさん10時オープンする前からお米を売らせてもらって、5キロ2,000円するお米が30分で売れたんですね。手代木さんのお花も売れて。

昨年4月。震災から1カ月が経つころなると、支援買いの動きが広がり、お店は多くの人で賑わいました。

お店が押すな押すな状態になりまして、売り上げが前年に比べて2.6倍になりまして、レジの待ち時間が15分待ち、という日もありました。

本当にありがたい気持ちになりまして……
日本人はすごいなと思って。「被災した地域を支援してあげたい」という気持ちがひしひしと伝わってきて、「ありがたいな」とそれしかなかったです。

もちろん、原発事故の暗い影は、櫻田さんの胸にも重くのしかかっています。
きっちり検査をした商品しか置かない。
それは 当初から変わらぬ姿勢です。
でも、「福島県産のものから放射性物質」という報道があるたびに胸はしめつけられます。

文明が残るかぎり、福島の事故は消えないと思うんです。
放射性物質の検査は一生続くし、私が死んでも、孫の代までその先まで、何百年、何千年、何万年先まで続くと思うので、それは大変だなとは思いますね。

ふくしま市場」の店長、櫻田武さん。
今も、震災前と同じように 自ら店頭の試食販売に立ち、お客さんに声をかけます。

うちのアンテナショップは、他の県に負けないのは、狭くて小さくて売り上げも少なくて小さい店なんですけど、負けないのは、メーカーさん、業者さんとの信頼関係と、お店に来てくれるお客さんとの信頼関係はどこにも負けない。これだけは自負しています。

誰にも、どこにも負けない。そうやって信頼関係を作って来て、いつも言うんですけど、どうしても短期的に結果を求められる時代だけど、それは違うんじゃないかなと。長年積み重ねたもので、信頼関係ができて、強固な石垣のようなもので、地震があっても崩れない石垣ができたと思いますので。

いつか、リスナーのみなさんへのプレゼントを購入するために伺った帰り際。
「お守りだと思って、持って行ってください」と櫻田店長は赤ベコのキーホルダーを渡してくれました。
伝説では、お寺のお堂を作る大変な重労働を手伝ってくれたのが、赤ベコ。

厳しい状況をはねかえそうとする櫻田店長の姿が赤ベコの物語と重なって、胸が熱くなる夕暮れでした。