2013/3/15 電動車椅子サッカー日本代表のHidden Story

今朝は、電動車椅子サッカー日本代表!
1月に開催されたAPOカップでは優勝。
現在は、2015年のワールドカップを目指して練習を続けています。
その代表選手お二人にお話を伺うことができました!

取材にお応えいただいたのは、電動車椅子サッカー日本代表、吉沢祐輔さんと、北沢洋平さん。
まずは、競技を始めるきっかけについて伺いました。

吉沢祐輔さん(以下、吉沢):もともと、障害を持って車いすになって、小学校5年生のときに、たまたま私が通っていた病院で、リハビリ仲間が車いすサッカーをやっていて、「そういうものがあるよ」っていうことで父に紹介がありまして、「行ってみない?」ということで行ったんですけど、当時、私は乗り気じゃなくて「電動車いすでどうやってサッカーやるのかな?」と半信半疑な状態で行って、そこで初めて体験した。そのときにはもう、となりの北澤さんはすでにプレーしてて。

北沢洋平さん(以下、北沢):自分も小学校5年からサッカーをやってるんですけど、自分と同じ障害の筋ジストロフィーという障害なんですけど、その方と一緒に最初はリクリエーションというか、スポーツを楽しむという感じからスタートしたんですけど、自分も母親に連れられて最初は乗り気じゃなくて、あまりなじめなかったんですけど、だんだんやっていくうちにサッカーに魅力を感じて。

電動車椅子サッカー。
世界各地でバラバラだったルールが統一されたのは2006年。
ボールは直径32.5センチ、電動車椅子の最高速度は時速10キロ以下、コートはバスケットボールのコートを使用すること、男女の制限はなし。こうしたルールのもと、2007年、最初のワールドカップが開催されました。舞台は、ニッポン。

吉沢:日本代表8名行くということで競争が激しかったというか、僕も8名に行けるか行けないか瀬戸際で、そういう緊迫感、行けるか行けないかの瀬戸際というのがそれまで経験していないことだったので、こんな経験まさかするんだなっていう気持ちが多くて。

北沢:結果が第4位だったので、応援してくれた人には申し訳ない気持ちだったんですけど、あとはこう、ワールドカップにも出場できない選手もかなりこう、病気で亡くなった方もいるので、その人達の想いも込めて、プレーを一生懸命頑張って、いろんな人の応援があって自分がサッカーをプレーできるんだというのを感じました。

2007年10月、東京、夢の島のBumB(ぶんぶ)東京スポーツ文化館で開催された、FIPFA World Cup Japan!
日本代表選手の胸にあったのは、そこに来ることができなかった選手への想い、星になってしまった友への想いでした。

電動車椅子サッカーのワールドカップ、第2回はフランスで開催されました。
お話を伺った、吉沢祐輔さんと、北沢洋平さんは2大会連続での代表入りを果たしました。

北沢:2007年のときに4位という結果で悔しい想いをしたので、今度こそは、3位。4位の結果以上のものを果たそうと思っていたんですけども。

吉沢、北沢:結果5位、5位でしたっけ、5位ですね。

北沢:2007年、2011年と、すごく8年間悔しい気持ちで、今も話をしていて悔しい気持ちがよみがえってきましたね。

悔しさを晴らすべく、次のワールドカップを見据えた戦いがすでに始まっています。今年1月、日本から2チーム、オーストラリアから2チームが参加して行われたAPOカップでは、チーム・ジャパンが優勝!

最後に伺いました。
競技を続けてきて、今、どんなことを思っていますか?

北沢:電動車いすサッカーという競技はまだまだ知名度が低いので、各地のみなさんにこのスポーツを広める活動もしなくちゃいけないと思いますし、個人としては、2015年の日本代表目指して一生懸命取り組んで、自分もこの症状が進行性なのでどこまでプレーできるか分かりませんが、命続く限り頑張っていきたいなと思っています。

吉沢:最初気乗りしなかったと言ったんですが、もともと歩いていて、歩けなくなって、車いす乗りたてのころで、車いすにいいイメージがなくて、正直嫌々ながら行ったんですけど、続けてたら、最初、親の方が一生懸命だったのが、僕らのほうが一生懸命になって大阪だ、広島だといろんなところに連れていかれて、もう勘弁してくれ、と言われるほどになって。

北沢:母親にはすごく感謝しているんですけど、この競技を通じて外に出やすくなったりとか、いろんな障害の方がいて、全国の選手とつながっているので、自分たちは生き甲斐としてこのスポーツをやっているので、このスポーツに出会えたのはよかったなと、自分の人生のなかですごくよかったなと思います。

「このスポーツに出会えて、本当によかった」。
そう語る ふたりの言葉には、さまざまな想いが込められていました。

悔しさ、厳しさ、友情、感謝、そして、情熱。

2015年開催、次のワールドカップを目指して挑戦は続きます。