今週は、5年ぶりに復活したサザンオールスターズ。
その野外スタジアムツアーのHidden Story。
日産スタジアムでのライヴから数日後、コンサートを支えるスタッフのお1人にお話を伺う事ができました。
取材に答えていただいたのは、キョードー横浜の取締役副社長、土田英貴さん。
そもそも、土田さんとサザンとの関わりは……
僕が会社に入ったのが1989年の秋からで、実はその年の年末、12月31日に横浜アリーナで、横浜アリーナができたのもその年だったんですけど、ちょうどその年にサザンオールスターズの年越しライヴっていうのを初めて第1回目でやって、会社入ったその年に、入ったばかりで何も分からなかったんですが、社員として関わらせてもらったのが最初といえば最初ですかね。第1回目のカウントダウンライヴで、僕もその年に会社に入って、今思えば不思議な縁だなと思いますけど。
1996年の年越しライヴからは、直接の担当者としてずっとサザンオールスターズの公演に関わってきた 土田さんに質問。
今回の復活ライヴについては、いつ頃から企画が持ち上がっていたのでしょうか?
話自体は去年から、「来年35周年になるので、バンドとして活動するかも」というところから始まって、まだその時点では正式には何も決まっていなかったんですけど、当然、コンサートをやるんであれば会場もおさえておかなきゃいけないし、でも、はっきりとしたスタートが切られてない状態で、いろいろ手探りで色んな事やらなきゃいけないので、本当にその会場をおさえていいのか、スケジュールもいつ頃できればいいのか、というのを、ああだこうだやりとりしながら……ちゃんと決まったのが今年に入ってからですね。
まず今回でいうと、会場をおさえるのが大変で、日産スタジアムはサッカー場であり、陸上競技場ですから、通常のライブ会場ではないですから、サッカーとか陸上競技とかコンサート以外のスケジュールが入っているなかで交渉していかないといけないので、それは大変でしたね。
日程が固まったのは、3月のことでした。
「夏」っていうのがキーワードとしてはありましたし、6月25日っていうデビュー日で情報をみなさんに発表するというのも、それは最初に決まっていたので、そこから逆算してイベントが色々できる、ほんとギリギリですね。これ以上早くはできなかったと思いますけど、まあでも、すごく良い時期にできたなと思います。
30周年のときに、やっぱり日産スタジアムで一度お休みということになりましたから、そこでまた再開できるというのも意味があると思いますし、それはやっぱり会場の方の協力もありましたし、僕らが頑張ったというより、まわりが協力していただいたというか、そこには、サザンオールスタ―ズがいるとみんな前向きになってくれるというか、モチベーションを高く持ってくれるというか。
消防だったり、警察だったり、そういう方々も楽しみに待っててくれたというか。すごく協力していただけるというか、みんなに愛されてるグループなんだなと思いますね。
サザンじゃなきゃできなかったと思いますけど。
2013年8月10日土曜日、日産スタジアム。
真夏の夕闇が迫るころ。
サザンオールスターズがステージに帰ってきました。
始まった瞬間、僕も鳥肌が立ちましたね。曲を聴いて。 ここまで来るの、大変だったなと思いながら1曲目を聴いたんで。それは僕だけじゃなくて、みなさん、そう感じてらっしゃると思います。
お客さんもそうだったかもしれないですね。「5年間長かったな」という人もいれば、「あっという間だったな」という人もいると思います。
そういう想いが、あの会場にはあった気がします。
この5年間。
大変なこともありました。
傷ついた街、傷ついた人。多くの涙が流れました。
でも。もう一度、夏の空のもと、素晴らしい音楽を共有できる喜び。
夕暮れのスタジアムには、そんな空気が満ちていました。
お客さんが待ちに待ったというか、すごく喜んで、泣いてらっしゃるお客さんがいらっしゃったりとか、そういう表情は見たので、「やってよかったな」と思います。元気になりますよね、世の中が明るくなるというか、それはすごく感じますよね。
やっぱり、必要ですよね、日本に。
サザンオールスターズは、来週末、茅ヶ崎でライヴ。さらに、豊田スタジアムをはさんで、来月22日、宮城スタジアムで ツアー・ファイナル。
観客はもちろん、会場のスタッフから、地元の公共機関まで、みんなが楽しみに待つライヴ、胸が熱くなるツアーが続きます。