東日本大震災から2年と7カ月。
今朝は、ラッパー、GAKU-MCさんの被災地支援活動「アカリトライヴ」のHidden Story。
「アカリトライヴ」とは、どんなものなのか?
その始まりについて、GAKU-MCさんに伺いました。
きっかけは、2011年3月11日、震災を受けまして、僕の予定していたライヴがたくさんなくなりまして、すぐに、震災復興ボランティアのひとりとして宮城県の石巻に行きまして、3週間くらいテントで過ごしながら、泥かきやったり、炊き出しのお手伝いしたりというのをやってまして、何かの足しになればと思ってやっていたんですけども。
でも、その年の夏くらいになると、そういうことでの貢献というより、「音楽家の1人として、出来ることあるんじゃないかな?」と思って、そのときにちょっとイイ出会いがありまして。
キャンドルのプロフェッショナルたちとの出会いがありまして、なので、僕、GAKU-MC は明かりを灯しながらライヴをやって……その明かり、キャンドルホルダーにいろんなメッセージが書けるものだったんですけど……「僕が行ったライヴ会場で、その言葉をお客さんから集めて、それを届ける」という仕組みだったら、日本全国の人が、被災地の人のためになるような言葉の循環が出来るんじゃないかなと思って、ライヴパフォーマンスもするんですけど、その言葉の配達人というところも僕としてはピンと来たので。
2011年の冬。キャンピングカーに、音楽の機材とキャンドルを積み込んで、GAKU-MCさんと仲間達は、言葉を集める旅に出ました。
キャンピングカーを選んだ理由のひとつとしては、なるべくお金をかけたくない。
持ってるお金は寄付にまわせたらいいだろうということで、3週間の寝床の確保と移動の手段と倉庫としての機能があるとものをと思ったら、キャンピングカーが一番経済的だったんですね、そのときは。
男4人がずっとその中で生活して、そこで料理もしたし、そこでリハーサルもやったし、途中で経費がなくなりまして食費カットみたいな感じになったんですけど、Twitter で、「こういう趣旨でライヴやってるんです」って言ったら、それを見た人がいっぱい食材を差し入れてくれましてね、「朝起きると、バックミラーのところに野菜が刺さっている」みたいなね。
こうして始まった「アカリトライヴ」は、今も続いています。
そして、先月21日。
この1年で集まった「言葉」が、明かりとともに福島へ届けられました。
福島市音楽堂大ホール。
ステージの進行は、ラジオ福島の鏡田辰也アナウンサーとJ-WAVEナビゲーター、レイチェル・チャンさん。
今年は趣旨に賛同した松崎しげるさんもステージに登場。
演奏後に、感想をいただきました。
本当にこうみなさんの元気が出るというか、明日への希望というかそういう気持ちが強かったですね、このステージは。
福島、これからも何回も何回も来たいと思います。やっぱり、東北のやさしさとかあったかさを感じられる場所なのでまた帰ってきたいと思います。
会場の外には、1年間で集められたキャンドルホルダーの数々。
観客のみなさんは、それを持って帰ることができます。
「ふくしま アカリトライヴ」の終演後、何人かのお客さんにお話を伺いました。
すごいきれいですよね。 復興のあれが書いてあるんですよね、メッセージが。ゆっくり見てみたいです。心強い、未来に向かってって、励まされている感じがして。
これは、英語っぽいので、これを訳してどんなメッセージか調べようかと。復興の願いが込められてよかったと思います。
やっぱり違う県でも願いは同じだと思いました。大切に飾っておこうかと。
明かりを灯しながらのライヴというのは、普通に歌うことよりも胸の奥、深層心理に直接、伝えられるような気になりましてね。 明かりと言葉の親和性があって、よかったなと。
普通のライヴと決定的に違うのは、アカリトライヴに関して言うと、ライヴでうまく音楽を表現するのはもちろんなんですけど、みんなからもらった言霊をその街に届けるという、責任感というか、使命感というか、そういう気持ちでやってますけど。
また1年かけて、ぐるぐるといろんなところでライヴやりながら言葉を集めていけたらなと思っています。
明かりが照らすのは、心と心が触れる距離。
言葉をあやつるラッパーが集めるのは、福島へ届けるための、あたたかな言葉。
「アカリトライヴ」の旅は 続きます。
最初の年は、カフェや 商業施設の屋上など、いたるところでライヴ。
その後は、音楽フェスの中などで 開催してこられました。
さらに、この秋は、ミクロネシアの秘境 ジープ島へ日本からの参加者とともに行って、そこでライヴを行う予定だそうです。
情報は Facebook ページ で随時アップデートされています。
お近くで「アカリトライヴ」が開催される際は ぜひご参加ください。