鳥取県にあるパン屋さん・タルマーリーの店主、渡邉格さんの著書"田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」"。2013年に発売されたこの本が、増刷をくりかえしロングセラーとなっています。

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『腐る経済』とはいったいどんなことを意味しているのか?

渡邉さんにお話をうかがいました。そもそも、最初は千葉県のいすみ市で開業したタルマーリー。その後、まずは岡山県に移転されるのですが、その理由から教えていただきました。

「やはり311が大きかったです。大きく価値観も変わりましたし、生きていくための保証がこんなに脆弱だったんだなということに気づいて。我々も加工業者として、より農が近い所・より水がいいところに行きたいなという気持ちがむくむくと大きくなりました。ただ、もう1点すごく重要なことがありました。私たちは、菌を自家採取するということに挑戦してきたんですが、酵母菌・乳酸菌は簡単に採れました。でも、麹菌(みそ・しょうゆ・お酒・焼酎などの原料になる菌で、甘酒にもなるもの)が千葉では採れなかったんですね。その限界がきていたので、岡山県の真庭市というところに移転をしました。」

タルマーリーは岡山県真庭市の勝山という、江戸時代の街並が残る地区に移転。そのきっかけとなったのは、麹菌でした。そして、この"菌"こそが『腐る経済』の大きなカギとなるモノだったのです。

「311で考えたのは、持続可能な生活はどんなことだろうということですね。持続可能というのは、我々も食べながら自然にもきちっとかえしていって自然からもまた恵みをいただく、というのが大事だと考えたんです。

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最初から分かっていたわけではないんですが、菌を採ってパンなり発酵に変えていくことで、『持続可能の物差し』を菌が教えてくれる、ということが分かったんです。持続可能でない農業の生産方法だったり農産物だったりするものに関して天然の菌はこれをすぐに腐敗させてしまうんですね。人間はこれ食べなくていいよ、早く腐敗させて循環させましょう、ということで農産物を簡単に腐敗させます。ところが生命力の強いもの、これは人間を通して土に帰しましょう、ということで、発酵菌が発酵させて、いいにおいをさせて我々に食べさせる。こんなメカニズムに気づいたんですね。」

菌は、持続可能な方法で生産されていない農産物をすぐに腐らせてしまう。逆に生命力の強い農産物は発酵させ、いいにおいをさせて人間に食べさせる。渡邉さんが見つけたのはそんなメカニズムでした。

「自然システムのなかであまり外れた生産方法をされていないものが、生命力が強いんですね。それは森のなかの循環にすごく近いものがあって、生命力の強い野菜や米は、山の枯れ葉のように腐らないで枯れるんです。すごく生命力が強いので細胞が簡単にとろけていかない。分解して分配して循環をして、と持続可能な生態系をつくっているのが森の中なのかなと思っています。その真似をした農業生産体制でつくられたものを使っていくのが、これも持続可能につながっていくのかなと考えています。」

持続可能なものを教えてくれるのは、"菌"である。ならば、ミクロな菌の世界からマクロな社会を考えよう。キーワードは『森のなかのような循環』でした。タルマーリーは、千葉県いすみ市から岡山県真庭市の勝山へ。そして今年、鳥取県の智頭町に移転しました。

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「勝山は町の中だったので、農と離れている部分が大きかったと私たちも反省しました。もっと農地が目の前にあるところ、そしてキーワードとなる水。ここ智頭町は93%が森林なので、それはすごく水がいい環境だと思うんです。その水をできるだけよごさないように、林業とも近く、農業とも近い、という場所を求めて智頭に移ってきたんです。また、できれば、林業にも積極的に経済循環をつくっていきたい、という気持ちがありました。林業家の方々から薪をいただいてそこに対価を払い、林業家の方々が森を守ることでうちの水がよくなり、その水でパンをつくったり地ビールをつくっていく、という想いを抱いて移転しました。」

持続可能な循環型の社会について、パンの製造につかう"菌"を通して考えてきた、タルマーリーの渡邉格さん。ここまでの手応え、どんなことを感じてらっしゃるのでしょうか?  

「ひとりでできるところまでは、さくさくと自分だけが努力すればいいと思いますが、地域社会と一緒に歩みをもって、新たな地域循環をつくっていくのはすごく難しい課題だなと思っています。そんなこともあって『腐る経済』という本を出したんですが、いまの経済体制に関しては収奪が中心になっているので、なんとかこの菌のような循環型社会をつくりたくて。そのキーになるのは間違いなく"食"じゃないかなと思っているんです。やはり機械化できない産業、食だったり、サービス業だったりすると思うんですけど、その平均年収が日本では低くなっているんですね。そこはすごく問題なんじゃないかなと思っています。これは全ての原点になる話ですが<食の安さ高さというのが労働者の給料を決める>ということがマルクスの資本論に書かれています。つまり食が安ければ安いほど、労働者の賃金は下がっていく、という社会システムで、私はその点から考えても、食というものはより高くあげていけば労働者の給料も上がっていくんじゃないかという、根本的な問題の解決方法を探っていかなければいけない時代に入ってきていると考えています。」

渡邉さんの著書、"田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」"。本の帯には、こんな言葉が記されています。『僕らが感じている豊かさの輪。それを広げて、未来に残していきたい』豊かさの輪を広げる挑戦は、面積の9割以上が森林、という森の町で続きます。