2021年09月21日
亡き母の写真集と、こけしの現状について伺います。
ポエムグラファーの沼田元氣さんをお迎えしています。
※リモートでのご出演です。
沼田さんは、東京生まれ。
80年代に前衛芸術家としてデビュー後、
渡米し、アンディ・ウォーホルに師事。
帰国後は、ポエムグラファーとして雑誌や書籍で
作品を発表されているほか、2009年には伝統こけしと、
マトリョーシカの専門店「コケーシカ鎌倉」をオープン。
雑誌『こけし時代』も発行されています。
――今、コロナ禍なのでコケーシカ鎌倉は
お休みされていますが、憩写真館という
写真館を始められています。
沼田さん:還暦を迎えて母親の介護も
終わって今までずっとやってきた写真を
具現化するという意味で写真館を考えました。
小黒:沼田さんは10年くらいお母さんの介護を
されていましたよね?あなたがすごいのは
その10年間をアートにしちゃったよね。
沼田さん:私は子育てをやってきていないので、
せめて介護は必須かなと思って、今後介護を
する人の参考になればと思って写真集にしました。
小黒:こけしの話を改めて聞きたいのですが、
ブームになっているのですか?
沼田さん:大惨事こけしブームというのが
この10年くらいありました。
伝統こけしという民芸品としてのブームと
お人形…フィギュアとしてのブーム。
そういうものが重なって可愛いものの
一つとして取り上げられていまして、
引き続きこけしのブームはあります。
――沼田さんはマトリョーシカのルーツが、日本の
こけしであることを踏まえて、雑誌「こけし時代」も
創刊されてます。
沼田さん:伝統こけしの前に、箱根で作られていた
七福神の入れ子細工がロシアに渡って
それが元になってマトリョーシカが
できたというのが有力な説です。
ロシア人はマトリョーシカはロシアの
ものだとナショナリズムから言うんです。
ロシアの民芸は1000年くらいの歴史が
あるのにマトリョーシカは100年くらいしか
歴史がありません。
なので、どこかの誰かがアイディアを
持ち込んだんじゃないかと言われていますし、
博物館に七福神の入れ子細工も展示されています。