日曜の深夜。全てのしがらみから離れて
本当に「独り」になっている特別な時間。
人は誰もが不安や悩みを持っているはず。
この番組は、自分の心と対話することの大切さを伝え、
明日への活力を求める人への応援メッセージを
発信するラジオ番組です。
EVERY SECOND SUNDAY
25:00-26:00 ON AIR
人は他人と比較してしまう生き物だと思います。
人より、恵まれていると喜んだり、
人より、うまくいかないと落ち込んだり、
SNSが生まれたことで、自分を誰かと比較する機会も増えてきました。
そんな今だからこそ自分の心と対話する時間を大切にしたいと思います。
何をしたいのか、何が悩みなのか、何に希望を持つのか。
その積み重ねが幸せを感じる近道なのではないかと思います。
幸せは、自分の心の中にある。
第75回のゲストは、豆塚エリさんでした
10/13 第76回のゲストは、吉元由美さん
〜プレゼントのお知らせです〜
ダイアログ・イン・ザ・ダークを主宰する
志村季世恵さんの著書
『エールは消えない いのちをめぐる5つの物語』を
番組をお聴きの方の中から2名の方にプレゼントします。
ご希望の方は、この番組のサイトにある
「MESSAGE TO STUDIO」の欄から
番組の感想をお書き添えの上、ご応募ください。
志村:豆ちゃんこんばんは。
豆塚:こんばんは。
志村:ようこそ暗闇へ。
豆塚:はい・・・!
志村:真っ暗い中でちょっと遊んでいただいた感じがしたんですけど、どうでしたか?
豆塚:いや、まず本当に暗くて、分かってはいたけど本当に暗いんだと思って、もう目を閉じても開いても同じだから、最初ちょっと私は、あ、不安だなって思ったんだけど、なんだろう?リラックス感と言っていいのか、そういう気持ちも出てきました。不思議。
志村:そうなんです。最初はちょっとね、初めての場所で暗くてどうしようって思うでしょう?
豆塚:思った。
志村:そう、慣れてくると、だいぶ気持ちいいんですよ。
豆塚:そうですね。なんかね、あと、ブランコに乗せてもらったのと、あとね、ボール遊びもしたんですけど、本当は正直ちょっと怖くて、もうブランコから車椅子に戻ってこれるかなとかいろいろ頭の中で考えちゃって、まあ障害があるから、いつもそんな風に考えながら行動しているので、
志村:そうだよね、判断しなきゃいけないもんね、いろんなこと。
豆塚:うーん、なので実際に乗ってみると、乗れたし、ブランコに乗った状態で、なんか鈴が入ってるボール?を転がして遊んだんですね。で、これももう私しなくていいって思ってたんだけど、案内役のノージーが「豆ちゃんもボール投げてみて」って言ってくれて、ノージーの声のする方に投げたんだけど、意外とちゃんと届いたというか、ノージーの方に転がっていったんですよね。
志村:ブラインドサッカーのボールなんですよね、あれね〜。
豆塚:あ、なるほどね!はいはいはい!えーなんかね、別に届かなくてもいいやって思ったんだけど、なんだろう、あ、意外と声のする方に投げたらちゃんと届くんだーと思って、またそこでもちょっと安心っていうか、あ、できると思って、あーこれは経験してみないとわからない体験ですね。
志村:そうなんですよ。諦めちゃいそうなことができたじゃない!って思うと結構次の勇気に繋がって行ったりして、これもできちゃうかなーとか思ったりするんだよね〜。
豆塚:うん、なんかそんな感じ。
志村:良かった。ブランコ何年ぶりでしたか?
豆塚::ブランコは何年ぶりだろう?多分ね、もう小学校高学年ぶりだから、きっと、20年は行かないけど近いぐらいぶりですね。
志村:あー、良かったです。じゃあいろんな感覚を使って暗闇の中を豆ちゃんは感じてもらってるんだろうなって思うんですけど、ね〜。豆ちゃん、車椅子できてくれたけど、いつ頃から車椅子を使うようになったんですか?
豆塚:私はですね、16歳の時にすごく心が苦しくて、飛び降り自殺をしてしまって。でもね、未遂で終わって、首の骨をね、折ってしまったんですね。
志村:首でしたか。
豆塚:そうなんです、初めての骨折が実は首だったっていう・・・!
志村:だいぶ大きな骨折だ、うーん。
豆塚:そう、で、その時は骨折って聞いてたから治るんじゃないかって思ってたんだけど、大事な神経が切れてしまって、それからもうずっと車椅子の生活をしています。
志村:そうでしたか。リハビリとか大変だった?
豆塚:そうね、2年ぐらい病院と施設と行ってリハビリしたけど、1番大変だったのは、体のコントロールが難しいんですね。今までは意思の力で頑張る。みたいなふうに思ってたんだけど、起立性低血圧って言って、血圧が起き上がるとサーっと下がってしまう、これもある種障害なんですけど、これのせいでベッドから起き上がっただけで気絶してしまう、これはもう気合いでどうにかとか筋肉がとか関係なくて、ただただ体が慣れるのを待つしかなくて、そういうね、自分で自分をコントロールできなもどかしさ、これが1番リハビリできつかったかなと思います。
志村:そっかー。いやー、でもすごく大きな経験というか、したわけじゃないですか、10代の時に。豆ちゃんどんな10代だったんだろうって聞いてもいいかな?
豆塚:はい、あのう、どこから話たらいいかな・・・えっとね、すごく内気な子供で、人がすごく苦手だったんですね。どう接したらいいかわからなくて、そんなつもりはないんだけど相手を傷付けてしまう。悪気があるとかでもなくて、なんか本当に上手く人とコミュニケーション取ることができなくて、傷付けてしまったことに自分も傷付く。今思えば未熟な感情ではあるんですけど、それで人と交流するのが怖くなってしまって、本を読むこと、空想して絵を描いたり文章書いたりとか、そういったことが好きな10代でしたね。
志村:あーそっかー。今全然そう思わないけどね。
豆塚:本当ですか(笑)でもねあのう、なんだろう、大人になって仕事とかもするようになってからつけた社交性、やっぱり根はすごく人見知りだし。
志村:本当!?
豆塚:本当です。全然何喋っていいかいつもわからなくて、今も実はちょっと緊張はしています(笑)
志村:この暗闇で緊張しなくていいよ〜!(笑)
豆塚:でもね、この暗闇はちょっと別の作用をもたらしてくれるなと思って、いろんな人に体験して欲しいですね。なんかね、このラジオに出てくださいってオファーをいただいて、DIALOGUEっていう言葉がタイトルに入ってるんだけど、私はそれこそ対話をするっていうことが自己肯定感を高めるんじゃないのかなって最近実は思ってて、相手の話をずーっと聞いて、とりあえず一旦全部受け止める。季世恵さんが私の話を聞いてくれてるみたいに一旦話を受け止める、そういうやりとりをずーっと積み重ねていくと相手のことを認められるし、自分のことも認めてもらえたって思えて、自分でも認められるようになるような、なんかねそんなふうに対話っていう言葉を思ってます。
志村:あー本当そうだねー。それ大事だよね。
豆塚:うんうんうん。
志村:それは、人との関係性あってこその自己肯定感なんだと私も思うんだよね。やっぱりそれがないと自分を肯定するところの目安がないというか、そうなんだよね〜。あーすごいそうそう、相手の話を聞き続けていて、お互いが発見したり納得したり、本当そうだね〜。とっても嬉しい、今の言葉を聞けて。うーん。そういうことが10代は少なかったのかな?
豆塚:そうですね。すごくね、気を張ってたんだと思います。だからまず自分のことがよくわからなかったし、相手の気持ちを受け止めるっていうことも上手くできなかった。そんな感じだなーと思って、すごく頑張らなきゃとか負けたくないとかですね、そんな気持ちが強くて、自分の困ったも言えないし、相手が困ってたりしてもそんなの自業自得でしょとか、普通に考えてそれっておかしくない?とか、ちょっとケンケンしたところがあったんですね。それこそ対話にならずに自己完結しちゃうっていうか。
志村:そうなのね。豆ちゃんのお書きになったご著書を読ませてもらって、すんごい本だなと思ったの。
豆塚:ありがとうございます。
志村:もうなんか、ありがとうって思った。読みながらそう思って、ちょっと中頃から涙ポロポロだったんだけど、わーこの人に生きててもらって良かったーって思ったんだよね。きっとすごい役目があってこういうふうになったんだと思って読んじゃったんだけど、ご本人がどう思うか、私がそう言ったことによって違うって思ったらそう言って欲しいんだけど、最初は自死を選んでしまった豆ちゃんが生き残った。そこから何かが変わってきて、今は命の大事さを伝えてくれる人になったでしょ?なんかこの経験がこんなふうになったんだなーっていうのが、なんてすごい人なんだろうって思ったんです。どうしてそういうふうに思ったんだろう?って。
豆塚:はー、そうね、1番の経験は、ちょっと経緯を話すと16歳の時すごい頑張って勉強してて、新学校ですね、地元では1番だって言われてる学校に親が行きなさいって言ったのでそれに応えなきゃと思ってなんとか合格してホッとしたんだけど、実際学校に通ってみると全然勉強追いつかないし、私の家庭はシングルマザーでお母さんが1人で私を育てて、両親が離婚したっていうのがあるんだけれども、そういう状態で本当に母を支えるためには私頑張んないといけないんだって思ってずっと頑張ってたんだけども、もう頑張れなくなってしまって、もう私は生きてる価値がないって思ったんですね。本当はもう小学校高学年ぐらいから、いわゆる希死念慮って言われる死にたい気持ちがずーっとあって、でも死ぬのはやっぱり怖い、勇気がない、そんな自分が情けないなーって思いながら、で、高校2年生の冬ですね、16歳の時に母と朝喧嘩になったんですけど、ちょっとね鬱っぽい症状が出てて朝起きられなってて、それを母にとがめられて、学校なんで行かないのって怒られて、母がもう好きにしなさいって言って出て行ってしまって、それがもうトリガーになって、あ、私には居場所がないんだ、だったらもう死のう、なんか死にたいじゃなくて、死ななきゃ、今日死ななきゃいけないんだって思ったんですね。で、勢いでアパートの3階のベランダから飛び降りたんだけれども、やっぱり飛び降りる時すごく怖かったし、だけど飛び降りて、実は意識が落ちた時あったんですね。でね、やっぱりホッとしてたんです。死ななかったこと、あー死ねなかったやーと思って、なんか怖かったんですね、死にたくなかったんですね。死にたいって思いながらね。で病院に運ばれて、多分薬かなんかで眠らされたんだけれども、それから1ヶ月半ぐらい本当に苦しい時期、寝たきりでいろんなチューブが体に入れられてて。ご飯も食べれないしお水も飲めないし、完全に寝たきりで呼吸も苦しい、呼吸不全だったんですね。トイレのことも自分でできないし、全部人に頼って、ただもう横になってるだけで、その時に、あ、なんて自分って無力なんだろう、ちっぽけな存在なんだろうと思って、今そうやって生きてるのって、生きようとしてくれてるのって自分の体なんですね。あ、体が生きたがってるんだっていうのと、あと私には誰も味方がいない、居場所がない、みんな私のこと要らないって思ってるんだと思い込んでたんだけど、私の体は私がこうやって自らの手で殺そうとしたのに生かそうとしてくれたんですね、こんな私を。それにすごく感動したというか気付かされたというか。
志村:あー知ったんだね、それをちゃんとね。あーそっか、うーん。
豆塚:最後に自分をちゃんと救ってくれるのは自分なんだって思って、すごくその時命っていうものが尊く感じて、なんだろうな、歳を取れば取るほど生きやすくなるっていうか、世界も広がるし、ないと思ってた居場所ができたりもするし、まあ歳を取れば取るほど尚更生きてて良かったなーって思うんですね。
志村:うん・・・
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志村:なんだろうなー、御本を拝読して、もしかすると今日死ぬのやめようっていうふうに思うんじゃないかなーって、で、明日もやめようって思うんじゃないかなーって、なぜかと言うと、理由がすごく明確だったんだよね。自分の体が自分を生かそうとしてるんだっていうの本当その通りで、誰よりも自分のことを守るのは自分なんだよね。例えば今誰かに刺されたりとか、転んじゃって出血したとしてみても、血を止めようっていうふうに言ってるのは自分の体で、治そうと思うのも自分の体じゃない?そういうのって知ってると、やっぱり体ってすごいんだよね。息しなさいとかさ、心臓戻しなさいって言わなくたって動いてくれてて、無意識に呼吸してくれてるんだもんねー。
豆塚:そうですよね。それから自分の体って運命共同体なんだなーっていうふうに思えるようになって、ずっとね、自分のものだと思ってたんですね。自分のものだから好きにしていいでしょ?って思ってたんだけど、実はそうではなくて、自分なんだけど他人でもあるんですよね。そう思えてから自分の言う通りにしようみたいな気持ちがちょっと減ったというか、大事にしないといけないなっていうふうに思うようになりましたね。
志村:そっかー。そういう思いが湧いた時に、そこから文章を書いたりとか詩を書いてみようっていうふうに思ったの?
豆塚:元々書くのは好きで、中々人に言えなかったりその時どきで言葉にできなかった感情っていうのを、まあ埋葬するじゃないですけどお弔いをするような気持ちでずっと作品を書いてて、でもちょっとね変わってきて、自分のために明かりをつけるっていうふうな言い方を自分ではするんだけど、自分の生きる指標っていうか、自分の中の芯を捉えるために今書くようになってて、それを書いてると、自分のために書いてるつもりなんだけれども、その明かりの周りにいろんな人が集まるようになったんですね。
志村:わー、私もその中の1人かもしれない。
豆塚:本当ですか?(笑)
志村:うん。
豆塚:それは本当に嬉しいことだなぁ。まさかね、もちろん人に読んでもらいたい気持ちもあるから書くんだけど、そうやって誰かが救われたとかね、そういう表現をしてくれるんですね、私の文章を読んで。それを聞くとね、むしろ私がすごく救われた気持ちになるんです。
志村:は〜、お互いに。
豆塚:なんだろう。なんかね、最初はね、小説家になろうって思った時に、新人賞とかね、いろいろありますよね。そういうのに応募してた時期もあったんですね。実はいいところまで行ったこともあったりしたんだけど、でもそこでは批判をされるんですね。常に評価っていうものがあって、人よりも優れておかないといけないし、賞レースだから一緒に応募してる人達っていうのはやはり他の人の文章に対してケチをつけたくなりますよね。そりゃ自分が勝ちたいからそりゃそうだーっていうふうに。でも実は私それが苦しくて、でもそれが王道だと思ってたし、正しいじゃないですけどそこで戦っていくんだとかね、思う傍ら、やっぱりそれが苦しくて、自分なりに詩を書いて自分で製本して詩集を作ったりとか、あとはデザインとかですね、できるようになってからは印刷会社に頼んで綺麗な本にしてもらったりして、それをね手売りで売ったんですね。そうすると自分と歳の近い女の子が本を買ってくれて、次会ったときに手紙を渡してくれて、その中に、不眠症で眠れないんだっていうふうに書いてて、なんだけど豆塚さんの詩を読んで、眠れない夜があってもいいんだなっていうふうに思えて、自分を許せて気持ちが軽くなったんですっていうふうに書いてくれてて。
志村:あーよかったねー!
豆塚:本当に嬉しかったんです、それが。あ、こんなふうに、誰にでもとか、有名な先生にとかうけなくても、こういう人たちに1番響けばそれでいいじゃないっていうふうに思えて、それでずっとコツコツと詩を書くっていうのは自分のライフワークになりました。
志村:あそう〜。
豆塚:うーん。
志村:いやすごいなー。
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志村:自分を大切にしようっていうふうに思えるのって本当は難しそうなんだけど、なんかね、豆ちゃんの本を読んでると、するんと、私も大切にしていいのかもって思えるんだよね。
豆塚:あ、本当ですか?
志村:あれすごいな〜って思う。
豆塚:それは嬉しいな〜。私はね、こんなことを言いながら正直、自分を愛するってまだわかんないっていうところがあって、うーん、なんか好きになれたらいいなとか、大事にできたらいいなと思いながら、まだちょっと練習中というか、なのでそういうふうに思ってもらえてるんだったら嬉しいです、本当に。
志村:自分のことをそうやって思うのって中々難しくて、私あんまり深く考えなくていいんじゃないかなって思うタイプなんだけど、今日食べたおやつが美味しかったとかさ、今食べたいアイスが美味しいとか、美味しいと思ってる時って幸せな時じゃない?そういうのがいいんじゃないかなって思ったりするんだよね。そう思えてる自分は今幸せを感じてるから、それがなんか、そこでいいんじゃないかな〜みたいな。朝起きて、あ、今日天気いいわとかね、散歩したら気持ちいいぞとか、そういうのがちっちゃく溜まっていくことが、そこに繋がってるんじゃないかなーって。毎日思えない時もあるかもしれなくて、あ、今日全然迷子になってダメだとかさ、気持ちも、道歩いてても、それもちょっと今日は冒険の日か〜とかね。みんなそうなんだろうなって。で、豆ちゃんの本を読んだ方が、あ、いい本に出会っちゃった、本棚に置いとことか、また何かあったら読み返すみたいな、そういうのが相互に関係性が知らないうちに出来上がってるのを見た時にまた自分の存在もいいなって思えるんだもんね。
豆塚:うーんそうですね、なんでもないことの積み重ねなんだなーって思いました。ついこれは何の為になるの?とか、何の役に立つの?とか、無駄じゃないかなとか、本当はそんなことは考えなくていいんだけど、ついね、焦りとか不安とかがあって、そんなものは要らないとか、特に10代の時はそんな思いが強くて、でも為になるとかそういうことじゃなくてただただそういう日常のこう思ったとか、こういうことをしたっていうのを積み重ねること、全然意味なんかなくてよくて、というか意味なんかなくてよくて、それが多分1番の自分を愛するだったり肯定するだったりになっていくんでしょうね。
志村:そう、そうだと思うんだよね。本当にそう思うんだよね、肯定っていろんなふうな肯定があって、食べ物の話でくどいけど、あ、今日美味しかったっていうのはこれ肯定だよね。
豆塚:うんうんうんうん。
志村:そう思ってる自分がいるみたいな、そんなところなのかなーって思ったんだよね。本当に。
豆塚:うーん。
志村:そんな豆ちゃん、今はどんなことを考えて、どんな活動をしてるの?
豆塚:あ、今はね、そういう今までの私の経験を、当事者っていう言葉を私は使うんですけど、当事者としてみんなに伝える、特に1番伝えたいのは私が飛び降りた時の年代の若い子供たち、10代の子供たちなんだけど、そういった子たちに向けて講演の活動をやってます。本当はね、実は冒頭で喋ったようにあんまり私は人と付き合うのが苦手で、喋るのも得意じゃないんだけど、これもご縁で喋る機会を今たくさん与えてもらってて、いろんな人の前でお話して、そのあと感想をいただいたりとか、握手したりとか、そういう機会を今いただいてます。それがすごくやっぱり本を読んでもらうのと一緒で私も救われるんですね。で、ちょっとそこで勇気が出て、さらにもう一歩社会に踏み出そうとしているなーって思ってるんだけれども、私は障害者になる前の方が生きづらかったなーと思っていて、講演ではそういうお話をするんだけど、とはいえ障害があることによって他の大変なことがいっぱい出てきちゃって、その一つが仕事に中々就けないって問題なんですね。
志村:そうだね〜。
豆塚:結構これはね深刻だと、10年ぐらい私も定職はなく、明日の生活どうなるのかなって思いながら生きてきた人間なんだけれども、データで見ると障害を持ってる人のたった6%しかちゃんと働けてないっていうのがあるんですね。
志村:そうなんだよね〜。
豆塚:すごくびっくりして、なのでなにか在宅でも書くこと、ライターになることが勉強できるオンラインのライタースクールを今クラウドファウンディングで資金を集めて作って、ちょうどね、今月から動画教材を配信できる運びになって。
志村:9月から?
豆塚:はい、9月からです。まだまだ学校と言えども教材は揃ってるわけではないんだけれども、まずはそういう場所を作れたっていうこと、その先ちょっとずつ受講してくれる方々に、まあ私が今まで得てきたものだったりとか、私が1番欲しかった情報だったりとか、そういうものを障害のある方に提供できる場を作っていきたいなと思ってます。
志村:わー、具体的にどんなことが教われるんですか?
豆塚:文章の書き方、そこから始まるんだけど、私文章書くのいいなーって思ってるのは、自分のことがわかるようになるんですね。やっぱり障害を持ってると人と違うので、中々上手に自分のことを相手に伝えられない。それはもうその人が悪いわけではなくて、どうしても違いがあるから上手く相手がわかるように伝えられないっていうことが発生しています。それが結構生きづらさを生んでるんじゃないかなと思って、まずは文章の書き方を学んで、自分ってどんな人間なのかなとか、どう伝えたら相手に自分はこういう人間なんだとか、もっと言えばこういう困りを抱えていて、こういう支援が欲しくて、それをしてくれたら私もみんなと一緒に働けるんだとか、いられるんだとか、そういうことを言えるような、それを文章で書けるようにまずはみんなになってもらって、そこからさらに自分の好きなこと、まあ専門性って言いますけど、深めてもらって自分にしか書けない文章を書く、それは社会に発信していく、そこで価値が生まれて1番最後にはお給料をもらえてっていうことですね、そこまで行き着くといいなと思っています。
志村:すごい活動だー!嬉しいー!今月からスタート!じゃあ忙しい時ですね。
豆塚:そうです、結構今バタバタしてて、
志村:本当だ、そんな時に来ていただいてありがとうございます。そうだったんだ〜。
豆塚:うーん、このお話をね、こういう場でできる、本当にいい機会をいただいたなと思っていて、なんだろうな、私は今暗闇の中で話していて、友達にも1人盲目の子がいて仲良くはしてるんだけど、こんな感じなんだって、全然想像もしてなかった形で彼の普段の環境を体験してて、なんかそういう彼にとっての社会のバリアだったりとか、とは言え実はその見えないってことによって得られるこの不思議なリラックス感だったりとか、そういうのも含めて彼は生きてるんだなっていう実感を得ながら、私の生きづらさからみんなこういうことしたら生きやすくなるんじゃないの?っていうのをこうやって伝えることができてて、すごく嬉しいんです。それこそこれも1つの対話だなと思って。
志村:すごい、ありがとうございます。今伺ってて思ったんだけど、豆ちゃんだからこそできるとか、こんな障害を持ったことによって違う力がうんっと秀でたとか、あるんだよね。
豆塚:あ、そう、なんかね、なんだろう、私は最初は自分の障害をアイデンティティとして認めるっていうのにすごく葛藤があったんですね。障害はあくまでも属性だと思って、できればない方がいいものって思ってたんだけど、でもやっぱりもう長い年月障害と共に生きるってことを積み重ねていく中で、やっぱり自分からは切っても切り離せないものになってるんですよね。それはもう本当に良くも悪くも。でも障害のお陰で私は人に頼るってことを覚えられたし、自分が若い頃は苦手だった人と話すってことも、多分障害があるからこそできるようになった、そういった一面もあると思うし、結局障害と共に生きるってことはそういう福音というか、悪いことばかりじゃないんだなって今思えていて、そういう部分をプラスに変えるような、自分ってこんなこともできるじゃん、あんなこともできるじゃんっていうふうに自分を見つめる、そんな学校になればいいなって思います。
志村:本当ですね。それがやがてもっと広がっていって、障害がなくてもやっぱり心が苦しかったりすると、それは自由ではないんですよね。だからそこからまた一歩越えられるのも豆ちゃんの活動の中に入ってるんだろうなって勝手に私思いました。
豆塚:そうですね、おっしゃる通りで、体は元気だけど心は苦しいこととかって、まあ自分もそうだったし、痛みがわからないってことが結局人の痛みもわからないになってしまったりとか、だから傷を負ったり苦しんだりした経験って必ずなにかね、人生に与えてくれるものがあるんだなって思っているので・・・うん、はい。
志村:あー嬉しい。やっぱり豆ちゃん、生まれてきてくれて、生きててくれてありがとう。
豆塚:いや本当、ちょっとあのう、暗闇だからあれですけどちょっと感動して涙が出そうになってるんだけど、本当に私生きてて良かったなーと思います。
志村:うん、うん、会えて良かったです本当に。
豆塚:うん、ありがとうございます。
志村:最後にね、リスナーの方に、いろんな方たちがこのラジオ聞いてくださってるんだけど、一言なにか明日をいい朝で迎えられるよな言葉をいただいてもいいですか?
豆塚:私は明日が来るのが怖い日っていうのもあったなって今話を聞きながら思っていて、それでも明日は来るし、少しでもいい1日になるといいですけど、本の中の1番最後に書いたんだけど、本当生きるって大変なんだけど、ごまかしごまかしでも、ちょっと手抜きしながらでも、みんな一緒に生きていこうっていう、そういうのを伝えたいです。
志村:豆ちゃんありがとうございます。
豆塚:ありがとうございました。
志村:すごいいいお話をいただけて、嬉しかった。
豆塚:あー、そういうお話になっていたらいいんだけれども(笑)本当に私もすごく素敵な経験をさせてもらえて、ありがとうございました。
志村:ありがとうございます。
豆塚:はい。