DIALOGUE RADIO -IN THE DARK-

日曜の深夜。全てのしがらみから離れて
本当に「独り」になっている特別な時間。
人は誰もが不安や悩みを持っているはず。
この番組は、自分の心と対話することの大切さを伝え、
明日への活力を求める人への応援メッセージを
発信するラジオ番組です。

EVERY SECOND SUNDAY

25:00-26:00 ON AIR

真っ暗闇の中で、心と対話する時間を。
志村 季世恵の写真

志村 季世恵

バースセラピスト

板井 麻衣子の写真

板井 麻衣子

J-WAVE NAVIGATOR

メッセージをいただいた方の中から毎月2名の方へ
ダイアログ関連本をプレゼント!

MESSAGE TO STUDIO

番組のオリジナルPodcast 配信中

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MESSAGE

人は他人と比較してしまう生き物だと思います。
人より、恵まれていると喜んだり、
人より、うまくいかないと落ち込んだり、
SNSが生まれたことで、自分を誰かと比較する機会も増えてきました。
そんな今だからこそ自分の心と対話する時間を大切にしたいと思います。
何をしたいのか、何が悩みなのか、何に希望を持つのか。
その積み重ねが幸せを感じる近道なのではないかと思います。
幸せは、自分の心の中にある。


2025.01.12
GUEST

第79回のゲストは田頭真理子さんでした

〜プレゼントのお知らせ〜

番組初となる著書、
『暗闇ラジオ対話集-DIALOGUE RADIO IN THE DARK-』を
番組をお聴きの方の中から2名の方にプレゼントします。

ご希望の方は、この番組のサイトにある
「MESSAGE TO STUDIO」の欄から
番組の感想をお書き添えの上、ご応募ください。


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DIALOGUE

志村:真理ちゃんこんばんは。
田頭:こんばんは。
志村:田頭真理子さん、私は真理子ちゃんと呼んでますけど、お友達として今日もよろしくお願いします。
田頭:よろしくお願いします!
志村:真理子ちゃんは写真家ですよね。
田頭:はい。
志村:写真家で普段目を使って撮影をしている真理子ちゃんが、今暗闇ではどんな感覚を使っているのかなーって興味が湧いてきちゃったんですけど、今はどんな感覚使ってますか?
田頭:そうですねー、うーん、暗闇に入ると意外に記憶っていうものが蘇ってくるなって私は思って、自分の中のイメージの自然の風景とか、ちょっと砂利道があるとその砂利道を歩いた記憶とか、そういうのが結構蘇ってくるなっていうふうに思います。
志村:あーそっか、どんな記憶だったの?砂利道の記憶は。
田頭:砂利道の記憶は、小さい時に住んでいたおうちの砂利の部分とか、やっぱり小学生の時に私田舎の育ちなので、広島県の田舎の方で暮らしていたので、もういつも学校帰ったらランドセルを放り投げて森に探検に行くような暮らしをしていたので、なんかそういうような景色がこの周りにあるような気がすごくするんですよね。
志村:そうかー、広島の尾道ですよね。
田頭:はい。
志村:いいところですよね〜尾道ね〜。
田頭:ありがとうございます。本当にいいところです、穏やかで瀬戸内海がきれいで。
志村:海が見えますか?
田頭:そうですね、うちの実家からはちょっと遠くなんですけど海が見えて、山もあって。
志村:あー素敵。そっか、ここは森の中とかあるでしょ?で、今さっき林を抜けてきて、公園でブランコに乗ったりしたけど、あれ全部本物で木もみんな本物なんですよね。そうすると、やっぱりなんか手で触ったりとか確認したりすると、その時の記憶とかが出てくるみたいで。
田頭:うーん!いや本当にそうですね。私も小さい時木登り大好きだったので、木の枝とか見るとやっぱりなんか小さい時木に登ってよく木から転げ落ちたりしてたことを思い出して・・・(笑)
志村:私と同じだ。私なんかいつも暗闇でね、登ってみたいなと思う木があって、そこをいつか挑戦したい。
田頭:暗闇の中で!?(笑)
志村:そうそうそう。そうなんだ〜。
田頭:登ってもじゃあ絶対に折れない頑丈な木をいくつか用意して、今度木登り体験もどうですか?(笑)
志村:やってみましょうか。なんか意外といい感じがあるんですよ本当は。
田頭:ね〜!
志村:そう〜、じゃあおてんばだったんだ?
田頭:おてんばでしたね。もう自然の中で遊ぶの大好きでしたから。
志村:そんなおてんばな真理子ちゃんが写真に興味を持ったのはいつからなんですか?
田頭:それがですね、写真に興味を持ったのが、ある日突然なんですよ。
志村:あ、突然やってきた?
田頭:そうなんです。小さい時は、まあ父親はたまに趣味でカメラを持ったりとかしてたんですけど、そんなに写真というものに対する関心は全くなくて、まあ人間には関心があったのかな?でもそこまで友達と、当時は私が高校生の頃プリクラっていうのが流行ってたので、普通の高校生でプリクラ撮って写ルンですで写真撮ってみたいな、そんな普通の高校生活を送ってたんですけど、写真との出会いは、一枚のモノクロのポートレート?一枚というかシリーズのモノクロのポートレートを見た時にハッとさせられて、それが写真との出会いなんですけれど。
志村:え、ちなみにどんな??
田頭:あのですね、すごく有名なテレビで見たことあるような役者さんだったりとか、映画監督とかタレントさんとか、みんな私がテレビで見たことあるっていう人たちのポートレートだったんですよ。でそのよく見たことある人たちの表情っていうか写真から見えるその人の表情とか雰囲気がテレビと全く違う人物がそこに映っていて、なんじゃこりゃ!って一瞬思って、ずーっとその写真をなんで違うんだろうって見てたら、写真の被写体の後ろ側に撮った人がワッて浮かび上がってきたんですよ。全然撮った人のことも知らなかったんですけれど、浮かび上がった時に衝撃を受けて、あ、私は写真家になるって決めたっていうのが18歳の時です。
志村:え、ちょっと待って待って、えっと被写体があって、写真家の人がいたわけで、それは見えなかったんだけど浮かんだってこと?
田頭:そうですそうです、その撮っている被写体の裏側に、顔も形も名前も知らない写真家が迫ってくるように私のところに浮かび上がってきて、それがすごすぎて、元々人間に興味があったっていうのもあるんですけど、すごいいろんな人?ちょうど17歳から18歳ぐらいの時って何をやろうかとか、何がやりたいんだろうとか誰もが悩む時期だと思うんですけれど、1人1人の違った人を写真でその人に重ね合わせて写真を撮ることができるんじゃないかっていうことを思ったときに、こんな素晴らしい職業っていうか表現はないなって思って、はっ、私絶対この写真家っていうものに向いてる!って思ったんです。
志村:すごい。なんか知らなかった、それ私初めて聞いた、意外というか会ってるのに、あ〜そうだったんだ!それで、その方と出会ったんですか?その後って。
田頭:そうなんです。それでもうすっごく気になって、誰だ!?この人は一体誰なんだ!?と思って急いでミュージアムショップに走って行って、その時何も書いてなかったんですよねそこに。でそこへ行って図録みたいなのを見て、あ、この人が撮ってるんだって初めて名前と顔を見て、そこからは追っかけをして、その先生の写真展があったら在廊してるとかって知ったら行って、広島から最初に行ったのは京都の写真展だったんですけど、京都に行って初めてその先生にお会いして。
志村:その先生の名前を教えてください。
田頭:立木義浩さんという写真家の方なんですけれど。
志村:とっても有名な方ですよね。で、立木さんのお弟子さんになったわけですか?
田頭:うーん弟子というか、もう本当に私も何も右も左も分からなかったので、ずっと先生のそばについて、やっぱりこの話すると結構長くなっちゃうんですけどいいですか?(笑)
志村:うん、いいよお聞きしたいです!
田頭:いやもう本当に、実は京都に行く時にどうしても立木さんに会いたいと思って、鈍行列車に乗って京都に行って、もう本当に帰りの電車賃しか持ってないぐらいのお金しか持ってなかったんですけれど、先生に会おうと思ったら先生のサイン会というのがあって、サイン会に出るにはそこで写真集を買わなきゃいけないっていう条件があったんですよ(笑)
志村:帰り道の切符が(笑)
田頭:え!?聞いてないし!とか思って、でも絶対先生に会いたいとか思って、もうなけなしのお金、帰りの電車賃がちょうどその写真集の金額ぐらいだったんですよね。それでもでもしょうがない、そのお金を出してでも写真集買う!って言って写真集を買って、見事にやっと先生にサインをいただいて、一緒に写真撮ったりとか少し話をして、ドキドキしながら、そのあとに実は当時まだ携帯電話もない頃で、テレホンカードっていうのがあって、そのテレホンカードを集めてたんです、収集したんです。でそのテレホンカードをずっとカードフォルダーに持っていて、あーもうこのテレホンカードを金券ショップで売って帰ろうって思って、もう最後の手段と思っていつも隠し持ってたものなんですけど、この金券ショップに売って帰ろうと思って、その写真展の受付の人にテレホンカードを金券ショップに持っていくのに金券ショップどこにありますか?って聞いてたら、後ろに立木さんがいたんですよ!
志村:すごい、運命。
田頭:それで何してんだ?みたいな感じで言われて、実は・・・とか言って本当のことを言ったら、ちょっと着いてこいみたいな感じでちょっとカバン持てみたいな感じでカバンを持って、それで立木さんが京都の街中でスナップ写真を撮るっていうのをお前もちょっと一緒にきて手伝え!とか言われて、いやもうそんな撮るとこ見れるなんて・・・みたいなもう感激して、で、一緒に撮って一緒に回って、そのあとお昼ごはんを食べさせてくれて・・・(笑)
志村:すごいすごい憧れの先生に!
田頭:憧れの先生に!で写真やりたいのか?とか言われて、はいやりたいです!みたいな感じでいろいろと一緒にお話をして、最後にカバン持ち代として帰りの電車賃をさっとくれたっていう、そういうのが立木さんとの出会いだったんです。
志村:すっごい素敵な思い出ですね。いや〜。
田頭:そのあと散々立木さんからはもうテレホンカードの話はずっと言われ続けてましたけど(笑)
志村:いやでも素敵〜、すごい、そういうふうなところからだったんだ〜聞いたことなかった。
田頭:そこからもうずっと追いかけて追いかけて追いかけて、もう東京の事務所に行って少し通うようになったりとかっていうのが立木さんとの出会いです。

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志村:そうだったんですね、そうか〜。あの、私たちが出会ったのって、元々この対話の森ができて間もないときに・・・そこでダイアログのダークの方を体験していただいたのかな?
田頭:はい、最初がダークでした。
志村:そう、そこでそのあと真理子ちゃんの写真展があって、そこで私は初めてお写真を拝見したんですよね。
田頭:はい、ありがとうございました。もうそのときは。
志村:いやーもう本当に感動して、それがホワイトハンドコーさんの、要するに今私が説明するよりきっと真理子ちゃんにお聞きした方がいいと思うんですけど、そのときの「第九のきせき」だったじゃないですか?あれちょっとご説明いただいてもいいですか?
田頭:はい、ホワイトハンドコーラスというのは、南米のベネズエラで始まった音楽教育のシステムで「エル・システマ」っていう音楽教育システムがあるんですけれど、当時ベネズエラでスラム街とか、子供の少年の犯罪とかそういうのがやっぱりなかなか絶えなかったときに、世界中から寄付でもらった楽器を子供たちに無償で提供して、子どものエネルギーを犯罪とか悪いことをするっていうのではなくて、音楽を奏でてそのエネルギーを爆発させて世界を変えていくんだっていうことをアブレウ博士という方が最初に始めて、それを世界中、今もう何10カ国の国で広まっているんですけれど、その「エル・システマ」の中の1つのプログラムとして誰もが音楽を楽しめる、例えば耳の聞こえない人が手話でもできるとか、もちろん視覚障がいの方もそうですし、いろんな方が音楽を楽しめるプログラムとしてホワイトハンドコーラスっていうのがベネズエラで始まって、そのベネズエラで始まったホワイトハンドコーラスを今も一緒に活動している友人のソプラノ歌手のコロンえりかさんがベネズエラで初めて見て、それに感動してこの活動をぜひ日本でもやりたいって言って始まったのが2017年になんですけど「ホワイトハンドコーラスNIPPON」っていう日本で活動している、主に今日本の場合は子どもたちが中心なんですけど、その子どもたちの「ホワイトハンドコーラスNIPPON」が2021年にベートーヴェンの「第九」を歌う子と、手話で白い手袋、ホワイトハンドなので白い手袋で手話を使ってベートーヴェンの第九の歓喜の歌という歌詞を手話に訳して、オーケストラと一緒に東京芸術劇場で演奏したんですね。それを私は練習の風景を見ていて、それもなんかもいつも人生がいつもインスピレーションとハッとさせられることばっかりで成り立っているんですけれど、ある時に子どもの手を空の上に広げたときに、わって光が残像のように残ったように見えて、ずっとその活動自体を友人のコロンえりかさんと一緒にやってきて、どういうふうにしたらこの素晴らしい活動が写真でも伝えられるか?っていうのはずっと自分なりに模索してたんですけれど、子どもから湧き上がってきてたもの?っていうのは、もうこれは絶対に本物だなと思って、じゃあそれは写真表現でもできないかなっていうので、本当にその手を広げた時に放った光を写真の中で表現しようと思って、光の軌跡でですね、その手歌(しゅか)の表現を写真の表現にしたっていうのが「第九のきせき」っていう写真の展覧会だったんですけれど、それを2021年にちょうど芸術劇場で第九の演奏があるちょっと前に展覧会をして、そこにいらしてくださったっていう、そういうような話です。
志村:そうそう、あの手歌(しゅか)というのは手話を使った歌を手歌って言うんですよね。
田頭:はいそうですね、「手の歌」と書いて手歌と読んでいます。
志村:でその手歌の美しい手の流れが本当に音楽のように流れてる感じが、私も写真を見て感じたんだけど、その流れたものを真理子ちゃんが特別な撮影方法で技法を使って、その軌跡がたどれるようになったじゃないですか、目で見えるみたいな。なので、要するに普通の写真が手を広げているんじゃなくて、手歌を奏でているものが戦場に写真で浮き上がってたでしょう?あれどうやって思いついたんだろうって本当に感動したんだけど、呆気に取られて、えっ、これは・・・何だろうな、「第九のきせき」の時に歌詞がある喜びとかいろんな表現があるのを、その手の軌跡によって歌詞が手で分かるんだよね。あ、ベートーヴェンはこんなふうな気持ちでこの歌を、この音楽を作ったんだっていうのが写真を見て初めて分かったんですよ。歓喜っていう喜びの歌の歓喜の時の子どもたちの歓喜のシーンがね、写真で写っていて・・・
田頭:そうなんですよね〜。歓喜っていうのは、手話だと胸の前で手を広げて、一生懸命わーっと振って思いっきり喜びを表現するっていうような手話をやるんですけど、それを撮っていると本当に私も喜びのエネルギーで満たされて、すごく喜びでいっぱいになります。
志村:うーん。で、それを去年もウィーンでね、受賞されてましたよね?
田頭:そうですね、実は2024年は、ベートーヴェンの第九をウィーンで初演してちょうど200年の年だったんですね。その200年の年にベートーヴェンの初演をした地で、当時ベートーヴェンって耳がもう最後第九を作るときは聞こえなかったと言われているので、そのベートーヴェンに子どもたちが手話で、今度は私たちがベートーヴェンに第九を聞かせたい!っていう思いを持って、ぜひウィーンでみんなで第九を演奏したい!っていう気持ちでずっと2023年から駆け回って、いろんな方に応援していただいて、2024年の2月に子どもたち総勢108人と一緒にですね、ウィーンで第九の演奏をしてきたんです。
志村:すごかったですよね。その前のときに対話の森で「第九のきせき」を展示させていただいて、あれすごかったですね〜。
田頭:もう本当に2022年の対話の森の体験型写真「第九のきせき」というのをやらせていただいたんですけども、あれが本当に原点で、あそこがあったからこれはもう世界中の人たちに伝えたい!と思って世界にいろいろプレゼンテーションに行ったんですけれど、2021年に最初にやった年に季世恵さんと真介さんに来ていただいて写真を見てもらったじゃないですか。あの時の写真って、いわゆる壁に写真をずらっと展示して第九の歓喜の歌の1枚1枚手歌(しゅか)の写真が並んでいたと思うんですけれども、それをやったときに当時のホワイトハンドコーラスにいた視覚障がいの女の子が写真展に来て、当然写真を感じながらもスピーカーの音のそばに来て「ああすごくいい写真展でした。ありがとうございました」っていう感想をくれたんですね。でそのときにちょっとハッとさせられて、あー、この子が本当に写真を感じられて第九を楽しんでもらえるような写真展が出来ないかな?っていうふうに思ったんですね。
志村:そうでしたね〜。
田頭:はい、それで対話の森で、そのあと翌年の2020年の5月にやるときには、もう絶対になにか普通に展示をするのでは駄目だと思って、私も本当に写真はもう目で見るものだと当たり前のように思っていたことも違ったなというふうに思ったので、いろいろ季世恵さんともコロンえりかさんとも一緒にみんなで話し合って、新たな写真っていうものの概念を変えるというか超えるようなものとして、触れる写真っていうのを作ったんです。ちょっと今日は触れる写真がですね、2022年にやったときからさらに進化した、ウィーンで展示した写真を持ってきたので、季世恵さんに今手渡して触ってほしいと思ってます・・・
志村:え!本当!この暗闇の中で!
田頭:はい!
志村:ありがとうございます。あ、受け取りました。1枚だね?
田頭:これは1枚ですね。
志村:触ってみていいですか?
田頭:はい。
志村:触ってみます。
田頭:私も暗闇の中で触るの初めてです!
志村:あ・・・この指で感じるところが、もしかするとこのきせきの部分ですか?きせきというか流れるところがある。
田頭:そうなんです、そうなんです。
志村:で、たぶん人がいるのかな?
田頭:おーすごい。
志村:で、人がこれ手を振って形にしたものが、私が今触ってるんだきっと。
田頭:そうなんです。第九の歌詞の一部分の表現をしていますね。
志村:へーそうなんだ、この天上になっているポチポチが火花で、このもこっと盛り上がっているのは、これは人の手なのかな?
田頭:あ、そうだと思います。
志村:うーん。

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志村:私お話を伺って思ったんだけど、共通点があるなと思ったのは、真理子ちゃんは初めて写真を見て、写真のビジュアルの奥のもう見えないところの向こうにある、撮ってる人を感じたりとか、そしてそれが今度は第九の子どもたちのことを見て、その見えていないものの奥にあるものとかも、見えない世界を追いかけてたんだなーと思ったの。でそれを表現することをいつも考えてるんだろうなーってことを知りました。
田頭:私も知りました、ありがとうございます(笑)
志村:本当にでもそういうことですよね。
田頭:そうですね、でも本当にそれがやっぱり葛藤もね、目の前にあるものではないもっとこう向こう側にあるもの?をどうしたら映し出せるんだろう!?っていうふうに探っていくのがやっぱり楽しいですよね。すごくそれは私の楽しみでもあるし、そこに挑んでいくっていうのが自分が挑戦することなんだろうなっていうふうには思っているので、いつも自分の中でいろんな人に気付かされてハッとさせられて、そこからまたさらに表現形態が広がっていって豊かになっていくのかなーというふうに、いつも皆さんに刺激をいっぱいもらってます。
志村:いやいや刺激は私たちがいただいてるんですけどね、いつもね、本当に。
田頭:いやいやいやいや本当。
志村:そう、今後はどんなことをしていきたいんですか?
田頭:今後はいろんなやりたいことは山のようにあるんですけど(笑)
志村:教えて教えて。
田頭:1つは、音楽をやっぱりこの「ホワイトハンドコーラスNIPPON」の日本のメンバーの子たちと手歌(しゅか)っていうもので、音楽が可視化されたものを写真で表現したっていうのが私の結構新しい表現としての取り組みでもあるので、音楽をどういうふうに可視化して、それが聞こえない人も、それから音楽を感じてもらう、聞こえない人だけではなくて、いろんな人がそこから音楽っていうものを感じて想像力を豊かに、より掻き立てられるようなものにできないかなっていうのは、今はこの形になってますけど、他にもやり方があるんじゃないかなっていうのをもっと探っていきたいなって思っていて、それは自分の政策としてもっともっと磨いていかなきゃいけないなっていうのを1つ形にしたいなっていうふうに思っているんですけれども。
志村:わ〜楽しみ。
田頭:あともう1つは、やっぱりこういうふうに写真家でずっと私もフリーランスでやってきて、いろんなプロジェクトごとにチームではやるんですけれど、どっちかというと1匹オカミみたいな感じでやってきたんですけど、この「ホワイトハンドコーラスNIPPON」と関わるようになってから、みんなチームで一緒にいろんなものを作っていく、まさにウィーンの時はこの「第九のきせき」っていうのはもう子どもたちと一緒に作り上げた作品と私は思っているので、そういうふうに共同作業じゃないですけれど、そういうものっていうのが私も初めての経験で、大変なところはあるんだけれどもやっぱり写真と共通するところなんですけど、1人1人持っている本当に素敵なところっていうのはそれぞれ違っていて、それがたくさん集まってみんなでやるってすごいパワーだなって去年1年やってすっごく感じたので、このチームで理想的なというか、それぞれがみんな自分の役割というか、自分の光るところを持っているのが引き上がって、みんながそれを褒め合って、いい形で全員がいろんなことを一緒にできるような、なんかそういうコミュニティーをこの団体として作っていくっていうのをちょっと1つの自分の中の挑戦としてやってみたいなって思ってます。
志村:すごい・・・写真家を超えてるね。
田頭:いやいやいやいや(笑)もうねほんと、やっぱり団体行動すごく苦手で、小さい時から学校も好きじゃなかったし、でも何かそういうことがある一方で、何でそうなんだろうっていうふうにいつも今までの小学校とか中学校とかの集団行動っていうのがやっぱり嫌いな理由っていうのがあったなっていうのが、それに対するこういうのだったら私も一緒にやってもいいなっていうのが、ちょっと今ホワイトハンドコーラスの子たちとこの団体でちょっとずつそれが何かそんなふうにも感じるので、あーもしかしたらそういうふうな私が私でも馴染めるというか、いいチームワークを、コミュニティづくり?っていうのをできてきたらいいなって思うようになりました。
志村:素晴らしい、お互い認め合うことができるものね。
田頭:本当そうですよね。
志村:やっぱりその光るものというか、まだ光ってないけど絶対にみんな持っていて、それを引き出すのはやっぱり今まで私が写真をやってきた中で大事にしてきたところで、写真家ってそれがやっぱりできないと、そこを写し出すっていうことが自分の仕事というか役割でもあるなというふうに思うので、1人1人のそういうところに光を放たせるっていうのが写真とは共通している部分なのかなというふうに思います。
志村:やっぱり写真家だ。たぶんね、たぶん相当時間も経っていると思うんですけど、あのね、明日の朝起きたときに、何かいいぞ?って思えるみたいな、そんな元気になれるみたいなお言葉を真理子ちゃんからいただきたいんですけど・・・
田頭:そうですね、やっぱり私はこういうふうにいろんな人に出会ってハッとさせられたことっていうのは、自分の中で新しいっていうことだなって思うんですよね。新しいことを発見できたとか、気付いたっていう時がすごく喜びで、それって毎日あるっていうか、明日は新しいじゃないですか。みんな誰でも明日は新しい。だから新年だし、絶対に朝は新しくてきれいな美しい明日があるから、そのためにも今晩はゆっくりといい睡眠をとって、また1日を生まれ生まれ変えるというか生まれ変わらせて、また自分の新しい朝が来るっていうのが元気になる気持ち。私はいつもそうやって切り替えてます、毎日をやっていますので、みんな全員、明日新しい朝が来る!
志村:そうねー、新しい朝が来て、そしてハッとさせられるみたいな出会いによって発見があったりとかして、それも確かに新しいね〜
田頭:やっぱり全てが、そういうことがキラキラする、同じことをずっとやってるとみんな誰でもがマンネリ化してきたりするけど、でも実はそれはそうじゃないというか、ちょっとしたことに、小さなことでも今日、明日歩く、毎朝歩いている道に咲いている花とか、この木に鳥が止まったとか、そういうちょっとした変化っていうのを喜べるのが、日々の楽しみであったらいいのかなっていうふうに思います。
志村:すごい。変化を恐れる場合もあるじゃないですか?いつも決まったことがいいんだとかっていう、でもそれがもしかすると、そこをちょっと違った目線で見ると、それは新しい喜びを感じることができる魔法みたいだね。
田頭:本当そうですね。
志村:わーすっごい素敵だわそれ。
田頭:それがいつも私も、元気がなくなった時に元気になるって、それが一番かなって、わっ!て思うときが一番元気を取り戻せる瞬間なので。
志村:本当本当。そうだね〜、何言ってんだ?じゃなくてね、あ、それいいねとか、自分と違った意見は新しさだもんね。
田頭:まさにそうですね。自分が思いもしなかったことを言う人の話とかはやっぱり、えっ、そんなふうに考えてるんだ!って元気になりますよね。
志村:本当だ。
田頭:だからいろんな人と関わって楽しくないわけはないと思います。
志村:本当に。もう新年早々、光り輝くものをいただきました。今日はありがとうございます。
田頭:ありがとうございます。
志村:楽しかったー。
田頭:私もすごい楽しかったです。こうやって季世恵さんと2人でゆっくりお話しできて、私も楽しくて幸せでした。ありがとうございました。
志村:ありがとうございました。



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