2024年もたくさんのゲストと
黒ラベルで乾杯したOTOAJITO。
再びご登場いただいたのは、
Furui Rihoさん、miwaさん、
キュウソネコカミのヤマサキセイヤさん、
石若駿さん、大塚愛さん、
そして山田裕貴さんの6名です。
最初にお届けしたのは、シンガーソングライター・
Furui Rihoさんとのトークでした。
Furuiさんは北海道出身。
初めて手にしたCDは、
母に買ってもらったという
「だんご3兄弟」の8センチシングルで、
自分のお金で購入したのは、
宇多田ヒカルさんの全米デビューアルバム
『EXODUS』だったそうです。
初めて自分のお金で購入した時の記憶は、
やはり強くあるそうで、
「中学生の時に、
初めてCDが買えるくらいのお小遣いを貰ったんです。
やっとCDが買える!って思いました。」と述べ、
当時の喜びを振り返りました。
様々なミュージシャンから
影響を受けているFuruiさんですが、
この日は、マライア・キャリーを挙げ
思い出を語りました。
「もともと札幌でシンガーとして
活動していたんですけど、
「Emotions」っていう曲は
よくカバーしていましたね。
マライアを歌っている自分が
めちゃくちゃ好きでした。
(自分が)マライアになっている!
気持ち良い!みたいな(笑)」
番組では「大人の☆生 サッポロ生ビール黒ラベル」
で乾杯していることにちなんで、ゲストの皆さんに
「大人になった1曲」を伺っています。
この日、Furuiさんが選んだ曲は、
平井堅さんの「楽園」でした。
子供の頃、家でよく人形遊びを
していたというFuruiさんですが、
その人形遊びに欠かせなかったのが音楽だったそう。
「必ずBGMを流すタイプの子どもで、
その中で一番お気に入りだったのが
「楽園」だったんです。聴きながら
人形遊びの物語を作っていたんですが、
この曲の切なさが私の
ボルテージを上げていくというか、
雰囲気を作り出してくれました。
大人になって改めて聴いてみると、
アダルトでマチュアな歌詞だったことに気が付いて、
いい曲だなと思いました。
この曲の日本語の乗せ方がすごく好きで、
そういうところは影響を
受けているかもしれませんね。」と紹介しました。
Furui Rihoさんに続いては、
miwaさんとの音楽トークを振り返りました。
OTOAJITOではゲストの皆さんに、
音楽にまつわるアンケートを事前におこなっていますが、
miwaさんの回答には内容がびっしりとあり、
多くのアーティストや作品がmiwaさんの
音楽性を形作ってきたことを窺わせました。
「デビュー前に聴いていたのは、
例えばビヨンセとかブリトニー・スピアーズのような
ダンス系の音楽、あとは親が聴いていて、
一緒に聴くようになったキャロル・キングや
シンディー・ローパーのような音楽ですかね。
やっぱり女性アーティストは好きです。
憧れもあるし、キーも女性なので
一緒に歌えるっていうのも理由だと思います。」
音楽プロデューサーや
レコーディングエンジニアにも明るいmiwaさん。
「クレジットを見るのがすごく好きだったんです。
CDを買って、誰がプロデューサーなのか、
誰がミックスしているのか、
マスタリングは誰なのかっていうのを
よく見ていました。それで、
『私って、マックス・マーティンっていう人の
音楽をいっぱい聴いて育ったんだ!』
って気が付いたんですよ。アンケートで挙げた、
ケイティ・ペリー、
テイラー・スウィフトもそうですけど、
ほとんどマックス・マーティンが関わっていますよね。」
マニアックな話が止まらないmiwaさん。
「私、ハワード・ベンソンっていう
プロデューサーもすごく好きなんです。
彼がきっかけで、ドートリーっていうバンドを
知ったのかな?それでドートリーの
ミックス・エンジニアが
クリス・ロード・アレジなんです。
彼のミックスもめちゃくちゃ好きなんですけど、
彼も私が挙げたアーティストの作品を
多く手がけているんです。
クリス・ロード・アレジのミックスで特徴的なのは
声の処理とドラムの鳴り方ですね。」と話し、
これを聞いたクリス・ペプラーは
「すごく通な音楽の聴き方ですね!」と反応し、
驚いていました。
さて、番組前半の最後に登場したのは、
キュウソネコカミのボーカル・ギター、
ヤマサキセイヤさんでした。
和歌山県出身のヤマサキさん。
高校時代にはGOING STEADYやガガガSPなど、
いわゆる青春パンクを好んで聴いていたとのこと。
地元にはライブハウスがなかったため、
DVDなどでライブ映像を見て、
激しいパフォーマンスに
心を動かされていたんだそうです。
しかしながら、
高校時代は優等生タイプだったとのこと。
「どちらかというと優等生というか、
親に文句を言われないように、
めっちゃ勉強するタイプやったんです。
けど大学に入って親元を離れた瞬間に、
自分のやりたいことをやってみようと思って、
軽音楽部に入りました。髪めっちゃ伸ばして、
ピチピチの服着て、典型的な
ロックアーティストの姿をマネしてましたね。」
と振り返りました。
キュウソネコカミ結成後は、
しばらくインディーズで活動をしながら、
バイト生活を送っていたそう。
バイト先の焼肉店では
9年も働いていたとのことですが、
居心地は決して良くなかったんだとか。
「店長がヤバい人で、700日ぐらい休まずに
働いているんです。その理由が、
店長がバイトのみんなから嫌われていて、
店長もバイトのことを信用していないから、
自分が休んだ時に何かあったらどうしようって
考えているからなんですよ。
それで休んでないからだと思うんですけど、
手の皮が尋常じゃなく厚い。
漂白剤も強い洗剤もダメージ無しで、
極めつけは燃えている網を
素手で掴んでいました。」と興奮気味に紹介。
他にもその店長が包丁を燃えるゴミに捨てていて、
ヤマサキさんが怪我をしかけたという、
トラウマエピソードを披露し、
クリス・ペプラーを笑わせました。
その店長は本部と揉めて異動になったそうですが、
新たに来た店長もズボラな人だったらしく、
まかない以外はあまり良い思い出は無いそうです。
その後、クリス・ペプラーとは
焼肉の好きな部位や食べ方を話しながら、
黒ラベルを楽しんでいました。
さて番組後半、最初にお送りしたのは
ドラマー・打楽器奏者の石若駿さんとのトーク。
北海道出身の石若さん。
ドラムを始めたのは、札幌の
ジュニアジャズスクールだったそうですが、
そこでは現在まで関係が続く、
あるミュージシャンとの出会いがあったとのこと。
「ある日、トランペット奏者の日野皓正さんが
ワークショップに来たんです。演奏をしたら、
『君、良いね!義務教育が終わったら
ウチのバンドに入れよ!』って
真剣に言ってくれたんですね。
僕は当時小学校5年生くらいでしたが、
日野さんのライヴにも圧倒されて、
そこで自分はプロのドラマーになろうと思いました。」
プロになってからも日野さんと
何度も共演している石若さんですが、
日野さんの2019年のアルバム
『Beyond The Mirage』には、
石若さんの名前を冠した
「Shun」という曲が収録されています。
「これは嬉しいですね」と述べた石若さんですが、
おふたりの関係には紆余曲折があったそう。
「『義務教育が終わったらウチのバンドに入れよ!』
と言われたものの、
結局僕は高校に行っちゃうんですよ。
日野さんからは、
『お前はマルサリスとサッチモ、
どっちになりたいんだ!』 と言われましたね。
そこで関係に少し亀裂が入ってしまったんですが、
自分で自分の進む道を考えないといけない思って、
学校で理論なども勉強していきました。
そして東京藝術大学に入った後、
僕が仕切って打楽器だけの
コンサートをやったんです。
僕が学校で勉強してきたものを、
日野さんに観てもらいたくて、
お誘いしたら来てくれたんです。
そしたらライブ後に、
『駿、こんなことを勉強してたのか!
スゴいな!』と言ってくれました。
その後、一緒にツアーに行くなど、
演奏する機会も増えたんですが、
最初のツアー最終日に、
小さな会場の誰もいないスペースで、
『俺はお前に学校に行くなと言ったけれど、
高校・大学で音楽を学んで本当に良かったな。
ごめんな。』と言葉をかけてくれました。
そんな壮大なストーリーもあって、
その後にこの「Shun」という曲が出来たんです。」
と明かしました。
石若さんに続いて登場したのは、
番組初登場となった大塚愛さん。
大塚さんが初めて買ったCDは、
今井美樹さんの「PRIDE」。
「中学の頃だったと思いますが、
当時歌を習っていたんです。
そこでオーディションというか、
歌のイベントに応募することを勧められて、
この曲を歌ったんですね。
何が良かったのか私が歌った「PRIDE」が
ラジオで流れて、学校中で『スゲェ!』ってなって、
調子に乗りました。」と話しました。
早い段階からボイストレーニングに
通っていたという大塚さんですが、
その頃と現在の歌い方とはまるで違うとのこと。
「歌声はどんどん変わっていっています。
ボイストレーニングを始めた当初は、
今、リリースされている私の声とは全然違って、
大人っぽい歌い方というか、
正統派な感じでしたね。
あんまり映えない声だったんですよ。
それにも悩んでいて、
高校生の時に付き合っていた彼氏には
『歌声がアカンわ』って言われちゃって(笑)
歌を上手く歌うために練習していたんですけど、
上手いことと、人に伝わるっていうことは
別なんですよね。そこで一回挫折するんですけど、
なぜか『声を変えればいいのか!』
っていう考えになって(笑)
「さくらんぼ」はその頃に作り始めているんですが、
あれは自分が見つけた声なんです。
自分の声の低域を切って、
高域だけを取るとあの声になるんですね。」と明かし、
クリス・ペプラーを驚かせました。続けて、
「ヒットする曲って何だろうって模索していて、
やっぱり明るい曲を出せないと
ダメなのかなって感じたんです。
明るい曲には大人っぽい歌い方は
合わなかったんですよ。」と話しました。
2024年の総集編、最後にお届けしたのは、
俳優・山田裕貴さんとのトークでした。
山田さんはヱビスビールの
ブランドアンバサダーを務めているということで、
クリス・ペプラーが「サッポロ生ビール黒ラベル」、
山田さんは「ヱビスビール」で乾杯し、
濃密な音楽談義を楽しみました。
ジャンルにこだわらず
さまざまなジャンルの音楽を聴くという山田さん。
音楽のプレイリストを作るとしても、
さまざまなジャンルの曲が
入り混じるとのことですが、
以前実家に帰った際に、
中学生の頃に聴いていたMDが出てきたんだそう。
「部屋の整理をしていたら出てきたんですよ。
手書きで、「1.「世界はそれを愛と呼ぶんだぜ」、
「2. 覇王樹」みたいな感じで、
当時聴いていた曲が集まっていました。」
他にどんな曲が入っていたかを訊かれると、
ORANGE RANGEやnobodyknows+、
SOUL'd OUTなどの名前が挙がりました。
マンガやアニメも大好きだったそうで、
その主題歌にも思い入れがあるとのこと。
「『NARUTO』、『ONE PIECE』、
『BLEACH』っていう
少年ジャンプの作品なんですけど、
僕らの世代は特に
ハマったんじゃないかなと思います。
アニメを見ては
その主題歌をMDに入れていましたね。」と語りました。
山田さんが日本でもいち早く
注目していたというK-POPのお話も。
「高校生の時、周りがまだ知らない中、
クラスで口ずさんでたんですよ。
歌詞の意味は分からなかったんですが、
曲調で好きになって、例えば少女時代は
韓国でデビューする前にケーブルテレビで見て、
BIGBANGも韓国でデビューする時に見て、
KARAも韓国でデビューする時に見て…
なので絶ッッ対!俺が早いんですよ!」
そう力強く話した山田さんに、
なぜいち早く注目出来たかを伺うと、
「これだけ大げさに言ってますけど、
実は僕の妹が見つけました。
妹が『韓国にモーニング娘。さんみたいな
人達が出てるよ』って言って、
そこから妹と2人でハマったんです。」と明かしました。
山田さんはそこから少女時代のライブに行ったり、
BTS(防弾少年団)が日本で初のショーケースを
おこなった際には、本人たちに
インタビューしたりするなどしていたそうで、
クリス・ペプラーを驚かせました。
「やっぱり統率の取れたダンス。
中毒性のある振り付け。
そして、みんなが口ずさみやすいフレーズとか、
耳に残る音感ですよね。
あとはMVにもお金をかけて世界に向かっている。
その辺の意識は高いなと思います。」
とK-POPの魅力をたっぷり語りました。
クリス・ペプラーは
「なんか音楽評論家かプロデューサーみたいですね!
でもK-POPの魅力を言い当てると思う。」と唸りました。
さて、2024年もたくさんの
ゲストの皆様と黒ラベルで乾杯し、
さまざまな音楽トークをお届けしました。
来年も引き続き、OTOAJITOをお楽しみください!
さて、新年1回目のゲストは、
ドラマ『孤独のグルメ』でもおなじみの
俳優・松重豊さん。
大の音楽好きとしても知られる松重さんですが、
自身が主演・監督・脚本を手がけた
『劇映画 孤独のグルメ』が完成したとのことで、
松重さんの音楽ヒストリーと合わせて、
じっくりお話を伺います。お楽しみに。
みなさんにお持ちいただいた”おみや"
・小樽 かま栄のかまぼこ(Furui Rihoさん)
・じゃがりこ(miwaさん)
・カネテツ ほぼカニ(ヤマサキセイヤさん)
・たんぱく質たっぷりの
えんどう豆スナックバター醤油味(石若駿さん)
・揚げぎんなん(大塚愛さん)
・カツオのたたき(山田裕貴さん)
EASY BREEZY / Utada
Emotions / Mariah Carey
楽園 / 平井堅
I Kissed a Girl / Katy Perry
Over You / Daughtry
アホンダラ行進曲
/ GOING STEADY
Sweet Love of Mine / 日野皓正
Shun / 日野皓正
PRIDE / 今井美樹
さくらんぼ / 大塚愛
ウェカピポ / SOUL'd OUT
We Are Bulletproof Pt. 2 / BTS
WA DA DA (Japanese ver.) / Kep1er