今月は環境月間、おとといの水曜日は「環境の日」でした。そこで今朝は、都民に身近な自然、、、荒川を通した交流会や講習会をおこなう【NPO法人 あらかわ学会】の活動に注目していきます。

20240607k01.png

古くは徳川政権が 川の付替をおこない、明治時代には大水害を受けて 下流部に新たな放水路を新設。現在のカタチとなった荒川は今年、放水路の通水から100年を迎えます。この100年の間に、荒川と近隣住民との関係にはいろんな変化があったといいます。事務局長の三井元子さんに解説していただきました。

みんなに水泳を教えようということになって、下流だけで12カ所以上の水連場っていうのができていたんですって。で、たまたま私の父がそこのアルバムを持っていたんですね。とてもその泳いでいる賑やかな様子というのがわかるんですけれども。それが、父のアルバムも1930年ぐらいから途絶えるんですけども、日中戦争が始まり、戦争に取られていったりして若い人たちがいなくなったこと、それから、戦争が終わって、経済復興ということで荒川の沿線にたくさんの工場が立ち並んで工場排水を垂れ流したこと。そういったことによってどんどん水が悪くなっていったんです。で、私が小学校とか中学校の頃っていうのは、もうヘドロ状態というか、臭い川というイメージで、とてもここで泳いだなんて信じられないような状態でした。

みんなに親しまれていた川から、敬遠されてしまう川となった荒川...しかしその後、住民の環境意識が変わっていきました。合わせて下水道整備、周辺の緑化も進み、今の広大な水面、緑に囲まれた荒川があるといいます。

「身近な自然に目を向けることの大切さに気づいてほしい。」

その想いから団体では今年、完全に安全が確認できた箇所に限りますが遠泳大会を実施予定だとか。実は30年前に企画された時には、見た目がキレイでもとても泳げる水質ではなかった、という荒川。それも徐々にですが、回復してきています。 去年には安全が確認された場所で 実験的にプレ大会を開催されました。

ただ、もちろん 誰でも安心して入れるわけではありません。海水が交わる 本当に危険な箇所もありますし、80年近く 泳ぐ人が居なかった川ですから、安全箇所、水質の確認を徹底した上で実施に繋げていきたい、とのこと。幼い頃から荒川を見つめてきた三井さん。荒川を通して、たくさんの気付きに触れてきたといいます。

なんで川の中を楽しむ人もこんなに少なくなっちゃったのかなと思うと、当時日中戦争が始まって、そして父のアルバムもぷっつり切れてしまっているんですね。だから、環境だけじゃなくて、やっぱり平和っていうこともすごく大事なんだなっていうことを思っているんです。それから、もっとみんなが川の中を見るようになってくれたら、上流のことも考えてほしい。森林の整備のことも下流からちゃんと考えなくちゃいけないなって思いますし、それから、マイクロプラスチックの問題や pfasっていう有機フッ素化合物の問題。こういったこともみんなで考えていかなければ本当に楽しい荒川にはならないと思っています。

環境を通して、平和、暮らし方を考える。そのキッカケになる荒川を、よりよいカタチで未来に残していくために...。私たちができることも、きっとあるはずですよね。【あらかわ学会】の取り組み、今後の企画についてはウェブサイトをご覧ください。

【NPO法人 あらかわ学会】