2012年12月。『化物』のレコーディングを終えた直後のことでした。
"星野源、くも膜下出血で倒れる。"その後、休養期間のある出来事が今回のアルバム『YELLOW DANCER』の始まりでした。
「僕、小学1年生のときにマイケル・ジャクソンに出会ってマイケルをずっと聴いてきたんですけど、2012年に倒れてお休みしている間に音楽が聴けなくなっちゃって。例えば音楽を聴くと友達がやっていたり、テレビつけると友達がお芝居してたり。それがお仕事できない状況でお仕事をしている人たちを見るのが辛くて、そういうのもあって音楽を聴けなくて。でも、音楽好きなので聴きたいなと思っていたときに、自分のなかにすっと入ってきたのがソウルミュージックだったんです。いちばん最初に心に響いたのは、プリンスの『I Wanna Be Your Lover』という曲です。
夜中に散歩するのが好きで、iPhoneとかiPodを持って散歩するんですね。あんまり音楽を聴けなかったけど、一応持って行ってみようと思って持って行ったiPodの中に入っていて。ランダム設定にしていたんですけど、All Songsの中からたまたま1曲目に流れてきたのがその曲で。それで夜が明けていく、というような感じがあって。あの夜はすごく覚えてますね。」
夜が明けていく。
ソウルミュージックが、まるで暗闇に差す光のように星野源さんを照らしたのです。
「おれの趣味の音楽みたいなものがすごく響いてきて、マイケルとかプリンスとかアース・ウィンド&ファイアとか。そういう音楽が自分をすごく元気づけてくれたんです。なんでこんなに気持ちが晴れるんだろう、ということを考え始めたら、昔からそういう音楽が好きで、自分には少し似合わないんじゃないかなと思っていたけど、ずっとそういうのをやりたいと思ってきたなと。だから、それを全開にしたアルバムを作ろうと思ったんです。」
そして、最初にできたのが『桜の森』でした。
「ダンスビートの曲を作りたいなと思って。いつも自分が作曲するときは、アコギ一本で作るんですけど、『桜の森』からはリズムマシンで自分でビートを組んでからそれをずっと鳴らしながら作曲をするという方法に変わったんです。
ただ、ブラックミュージックというものが大好きでずっと聴いてきて、今回やろうと思ったけど、作っていくうちに自分が意識せざるを得ないことがあって。例えばニュアンスを近づけたりフレーズを真似てみたりとか、そういうことって楽しいんですけど、本場の人たちには絶対に勝てない、というのが作っていてひしひしと分かるんですね。なんでかな?と思うと、そういうブラックミュージックの人たちの本場は、自分の歴史の中で音楽を作っていて、自分のソウルミュージックをやっているわけで、だからおれもそうしないといけないなと。自分が今まで生きて育ってきた街だったり環境だったり、日本という国で育ってきて、でもその日本という国はさまざまな音楽が入ってくる場所で。先輩達、50年代60年代の日本人の先輩達がジャズとかブルースとか、そういうものを咀嚼して日本の音楽に変えてきた。それをおれもやろうと。自分のソウルミュージック、日本の情緒とか自分が育ってきた風景とかっていうものを楽曲に入れたいなと思って。それでできあがったのが『桜の森』という曲なんです。」
曲が発表されたのは、2014年の春。J-WAVEのスプリングキャンペーンのテーマソングとして届いた『桜の森』には、光があふれていました。さらに、音楽をめぐる時代の空気も少しずつ変化していました。ソウル・ダンス・ディスコ。ヒット曲の背景に、そんなキーワードが見え隠れし始めます。
「『桜の森』を作曲した2013年の終わり頃はまだそんなでもなかったなと思うんですが、作っていく間にどんどん日本にも入ってきたというか、マーク・ロンソンの『Uptown Funk』はもう決定的だなっていう感じがあったんですけど。ほんと決定的だなと思ったのは『Uptown Funk』が近所のコンビニで流れてたんですよ。あんな渋い曲、サビが間奏じゃないですか。そんな曲がコンビニで毎日流れていてパワープレイされてるっていうのが"最高!"って思って、そんな世の中(笑)。
例えばこれが5年前だったらレトロの一言で片付けられていたかもしれないし、変化球だったんですよね、日本では。ただ、今は直球として受け取ってもらえるというか。レトロみたいなことじゃなくて、音楽のど真ん中として受け取ってもらえるという環境にどんどんなってきて。そんなタイミングで『SUN』が出せたり、このアルバム『YELLOW DANCER』を出せたというのが、まっすぐ走っていいよっていうか、時代のゆるしを得たみたいな感じがあってすごく嬉しかったですね。」
子どものころ、マイケル・ジャクソンのダンスの真似をする星野さんの写真が残っています。今年5月にリリースされたシングル『SUN』には少年時代、そして、病からの復活の道を照らしてくれたマイケルへの想いも込められています。
「『SUN』は、『桜の森』でやったことをもっとJ-POPとして突き詰めたいなと思って作った曲だったんです。シングルで出すからにはいろんな要素を入れちゃうんですけど、ひとつはマイケル・ジャクソンへのオマージュ、それは主に歌詞です。楽曲に関していうと、自分が好きな70年代末から80年代のダンスミュージックをしっかりJ-POPにしたいっていう。で、作業していくとほんとにJ-POPとその頃の音楽の噛み合わせがわるくて。J-POPは流れがあるというか、AメロBメロがあって、サビでドーンみたいな。でもダンスクラシックはずっとステイしていく、最初からトップでギアが入ってそこからずっとステイしていくマナーがあるので。方向として真逆の方向なんですよね。その真逆の方向を自分の感覚でどっちも成立させるっていう、そういう気持ちで作った曲です。」
星野源さんに、最後にうかがいました。アルバム『YELLOW DANCER』の歌詞には、"今"という言葉がたくさん使われていますが、その理由はどんなことなのでしょうか?
「今までの自分が生きてきた歴史というか、今まで自分が過ごしてきた時間の最先端に"今"があるじゃないですか。"今"ってことをいつも意識してたと思うんです。だから自然に出てきちゃったんだと思います。昔を思い出したり未来を思ったりも含めて、できるのは"今"しかないので。今の音楽っていうものにちゃんとしたいなと。すごく楽しかったんですよ、作っていて。それがチャートで1位になったり、ほんとにいろんな人が聴いてくれて。音楽がやりたい!と思って、音楽が好きだー!っていう気持ちだけで作ったようなアルバムでもあるんで。いま音楽が売れないと言われますけど、素直に音楽を楽しんでやって、こうやって結果が出たというのはほんとに嬉しいことだし、聴いている人もそういうのを求めていたのかもしれないなと思って、すごく幸せだと思いました。すごく楽しかった、という想いは、このアルバムの屋台骨じゃないですけど、結構大事な部分なんじゃないかなと思います。」
深い闇の向こうから差す一筋の光は、大好きな音楽のビートでした。
アルバムの屋台骨は、"すごく楽しかった"という想い。星野さんのそんな想いが、『YELLOW DANCER』から聞こえてきます。今をいきる全ての人へ。最高に楽しいアルバムが届きました。