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第58回グラミー賞を受賞した小澤征爾さん指揮による『こどもと魔法』。これは毎年、長野県松本市でひらかれてきた『サイトウ・キネン・フェスティバル松本』で2013年に録音された作品です。松本の市民も参加している『歌劇 こどもと魔法』ですが、そもそも、松本でフェスティバルを開催することになったきっかけはどんなことだったのでしょう?この公演のプロデューサー、森安淳さんにお話をうかがいました。 

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「始まりは1984年かな。齋藤秀雄先生がお亡くなりになってちょうど10年たったときに、桐朋の教え子たちが100人ちょっと集いました。そこで立ち上げたオーケストラがサイトウ・キネン・オーケストラの前身で、そのあと87年に正式に名前を"サイトウ・キネン・オーケストラ"にしてヨーロッパツアーをしたんです。その後『どこかにホームがほしい。』ということで、小澤さんと仲間たちが日本国内のいろんなところを探し始ました。そんな中、『ミラクルに近い。』と小澤さんは言ってますが、最後の方に松本が出てきたんです。その松本に92年に長野県文化会館という劇場ができるというのでそれを見に行きまして。小澤さんはもうここだとピンと来たようで、すぐに決めました。その松本を拠点にサイトウ・キネン・オーケストラが公演できるフェスティバルを作ろう、というのが松本に行った理由ですね。」

1992年8月。第一回 サイトウ・キネン・フェスティバル松本。オペラ、ストラヴィンスキーの『エディプス王』が上演されました。当時、ニューヨークで活動されていた森安さんは、演出のジュリー・テイモアをはじめとしたチームの一員として日本にやってきました。

「7月くらいに日本に来て、最初は東京で稽古をしていましたが、演出家が来てから全員で諏訪に移動したんです。そこで全体のダンス部分だけの演出稽古をしました。それが終わって8月10日くらいに松本に移動して、今度は舞台上でピアノを使って歌い手といっしょに稽古をやる。そのあとすぐオーケストラが来て、そこからはオーケストラと一緒に。

松本の人たちにもいっぱい協力してもらってエキストラで出てもらったり、街ぐるみで作ったっていう印象がかなり強かったです。それをそのまま引き継いで、ずっと松本の市民のみなさんと一緒にフェスティバルを作るという、そういう伝統が生まれたんじゃないでしょうか。我々が世界中から集まってきて、作って演奏して帰っちゃう、というのではなくて、まず松本に集まって1から作品を作り上げていく。それが小澤さんの理念です。松本の人たちと一体になって作っていくというのが、一番大事なことだったのかなと思います。」

今回、グラミー賞を獲得したのは2013年の公演。『ラヴェル:歌劇《こどもと魔法》』。

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「オペラの始まりというのはだいたい、そのオペラのストーリーが浮かび上がってくる序曲で始まったり、そういう前触れがあるんですが、これにはそれが全くないんです。一番最初に入ってくる音が、『え?』っていうような、『なんだろう、この音は?』っていう音で始まるんです。それが、すごく嫌な勉強をさせられている反抗期の男の子が、こんな気持ちなんだろうなっていう音をまさに表現していまして。その次に、彼が『もうこんなのやってらんないよ!』って暴れ出す。そこに曲がうつっていくところがすごいんです。オーボエとコントラバスだけで、聞こえているのか聞こえてないのか分からない、っていう始まりなんです。『ん?』って思うんだけど、そこから入ってくる金管とか、タカタカタカって入ってくるのとか、すごいです。」

『こどもと魔法』には、地元の子どもたち、さらに、アマチュアの歌手8人が参加しています。

「小澤さんはもともとコーラスが好きで、みんなと一緒に歌を作るのが大好きなんです。このオペラにも8人くらい地元の歌を歌う方に出ていただきました。この『こどもと魔法』は2部構成になっていて、1部目はこどもが悪い子からいい子になっていく過程のなかの、悪い子なんです。彼らが破壊したものが化けて出てきて、彼らをこらしめるんですね。2部目になると今度は庭に出ていきます。その庭が幻想的な舞台になっていまして、虫・動物・森の植物とか、そういうのをコーラスのみなさんが演じるんです。松本の市民の8人の歌手のみなさんはそれぞれの役をもらいます。虫や木、動物。それをみんな楽しそうにやってくれる。仕事をしながら参加しなければいけないという、条件的に厳しいものがあったと思いますが、小澤さんと一緒にいい作品を作りたいという情熱で、本当に無理を承知でやっていただいて。こうなってくると、もうプロもアマチュアも関係ないです。やっぱりその場で一緒に作るっていうのが一番大切だと思うんです。」

プロデューサー、森安淳さんが強調したのは"一緒に作品をつくることの大切さ"

「小澤さんは、どこへ行っても同じではないでしょうか。行くところ行くところで、その土地の人たちと音楽をつくって聴いてもらう。ボストンのシンフォニーにいたときも小澤さんが一緒にやっていたコーラスはアマチュアのコーラスだったんです。そういう人たちと作品を作ったり、夏に一緒にタングルウッドでわいわいやるのが大好きだったんです。小澤さんはどんな人たちとでも何の隔たりもなく音楽を作る方だと思うので、根っから好きなんだと思います。人と音楽を作るのが。」

マエストロの真実。人と一緒に音楽をつくることが、何よりも好き。分け隔てなく、誰とでも。人と人、心と心をつなぐのが、音楽の魔法。世界の名だたる音楽家と 街に暮らす無名の音楽家が真夏の松本に 魔法をかけるのです。

第58回 グラミー賞で「ベスト・オペラ・レコーディング部門」受賞!

"ラヴェル:歌劇《こどもと魔法》 / 小澤征爾 & サイトウ・キネン・オーケストラ

は現在発売中です!!

松本の方といっしょにつくりあげたその名演、ぜひお聴きください!

なお、この作品は2013年録音で、このときは「サイトウ・キネン・フェスティバル松本」という名前で開催されましたがいまは名前が変わりまして「セイジ・オザワ 松本フェスティバル」として 開催されています。2016年も8月から9月にかけておこなわれます。 《こどもと魔法》も上演されますが、グラミーを受賞したときの プロダクションではなく、小澤征爾音楽塾オーケストラによる公演となります。若き音楽家たちによるオペラをお楽しみください。