JR上野駅の公園口を出てすぐ、左手に東京文化会館を見ながら歩いていくと そこに『国立西洋美術館』があります。建築家、ル・コルビュジエさんの設計による美術館で、世界に点在するコルビュジエさんの16の建築とあわせて、世界文化遺産への登録が決まりました。では、そもそもなぜ東京の美術館をコルビュジエさんが設計することになったのでしょうか?国立西洋美術館の南川貴宣さんに教えていただきました。

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「国立西洋美術館は"松方コレクション"という、松方幸次郎という方が私財を投じてコレクションした膨大な絵画を展示する美術館です。昔、そのコレクションの一部はフランスやイギリスの倉庫に保管されていましたが、そのまま日本は戦争に入り、負けたという経緯がありまして、戦争に負けたときにフランスにあったコレクションはフランスに没収ということになってしまいました。それを戦後に返してもらおうという話になり、松方コレクションを日本に返還してもらうときの条件として、フランス側からは"コレクションを収めるための美術館を作る"という条件が提示されました。当時、日本の建築界でも影響が見られてきていたル・コルビュジエという方がいらっしゃって、日本にはそのル・コルビュジエの事務所に学びに行き、すでに帰国して活躍されている方がいると。そういうお弟子さんもいるということで、設計者がル・コルビュジエに決まりました。建築をするにあたっては、生涯唯一と言われていますが、コルビュジエ自身が来日をされ、いろんなところを回られているんです。そのときの感覚を元に、コルビュジエがフランスに戻って設計図面を作り、それが日本に送られてきました。」

コルビュジエさんの設計を彼の元で学んだ前川國男・坂倉準三・吉阪隆正。3人の建築家が中心になって形にしたのです。1959年に開館した国立西洋美術館。その建築の特徴について、南川さんに美術館を案内していただきました。

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「国立西洋美術館の前庭というところから美術館の建物をご覧いただくと、ピロティという、1階部分に壁がなく柱だけで建物を支えている構造になっていて、外部空間とそのままつながりつつ、ゆとりをもった空間が実現できているという形になっています。

美術館の展示の始まりとなる19世紀ホールはかなり大きな空間になっていまして、そこを2本の大きな柱で支えていますが、柱の肌に木目があるのがご覧いただけます。これはヒメコマツという木材で型枠を作ってとったコンクリートの型ですが、当時の家具職人さんがこの型枠を作っていますので、表面も非常に綺麗に木目が出つつ、なめらかな風合いが出ていると思います。コルビュジエもこのできあがりについては話で聞いて満足をしていて、『日本の職人の技術の高さが出ている』という発言も残っています。外光が入ってくるこの19世紀ホールは、外光と照明で明るさを調整していますが、日や天気によって、空間の明るさも見え方も違うので、そういう面白さは見ていただけるのではないかと思います。」

展示の始まりとなる"19世紀ホール"。来場者は、そこからスロープをたどって上の階へと進むことになります。

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階段ではなくスロープを使って2階の展示室に上がっていくという構成になっています。空間の見え方の違いを見ていただきたいのですが、階段と違ってゆっくり歩くことによって少しずつ目線の高さが変わって、空間の見え方も変わってくると思うんです。そのような楽しさも感じていただけると思いますし、この19世紀ホールには【考える人】のような彫刻の作品が展示されていますが、普段見ないような"背中"が見えたり。

あと、歩いて行くときに展示室についているバルコニーも見えるんですが、目線が上がるにつれて2階の展示作品も見えてきて、これから作品を見るというワクワク感も感じていただけるのかなと思っています。」

国立西洋美術館 本館2階の展示室には、ル・コルビュジエによる建築の特色のひとつ、『モデュロール』を使って設計された部分があります。

『モデュロール』は人の体の寸法を元に、それを黄金比の基準として考えた建築における基準寸法みたいなものです。西洋人のル・コルビュジエが思っていた理想的な身長というのが183センチなんですが、それにフィモナッチ数列などを使って細かくいくつかの寸法を決めていきます。183センチの人が手をのばすと、43センチプラスになって226センチ。これが当館の2階、絵画を展示する展示室の低い天井の高さになっています。

一方、天井が高くなっている部分がありますが、低い部分の天井の色は黒で塗られていて、高い部分は白で開放感のある感じになっています。」

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最初の"19世紀ホール"から、スロープで2階に上がるとその19世紀ホールを 四角でぐるっと囲むような形で展示室があります。この空間づくりについて、国立西洋美術館の南川貴宣さんはこんなことを話してくれました。

「作りがぐるっと回る四角形になっているんですが、それぞれが同じような作りになっていて、みなさんお越しになると、『あれ、ここさっき来たよね』という風になるとおっしゃいます。どこかから始まってどこかで終わり、というよりは、本当に回遊する散策路のように当館の展示はできています。そういう意味においては、今では珍しくないかもしれませんが、当時だと新しかった、柱で支えた外部とつながるピロティから入ってきて、最初に大きな外光も入る空間に入る。そこからスロープを使ってゆっくりと空間の変化を楽しみながら2階に上がっていただくと、ぐるりと回廊上になった空間で絵画を楽しんでいただける。このように、美術作品を楽しむためのストーリーがあるような感じがして、そういうのは他の美術館にはない面白さであり特徴なのかなと思っています。

建物というと外観の派手さに注目が集まりますが、この建物は中に入ってただ美術作品を見るのではなく、その空間の見え方の違いとかそういうことも含めて楽しんでいただけますし、お子さんがいらっしゃってもワクワクどきどきするような空間になっていると私は思っています。」

ル・コルビュジエの建築に秘められたのは、美術作品を楽しむためのストーリー。物語のページをめくるように、ゆっくりと味わう空間。それはまさに、過去から未来へ引き継いでいきたい世界遺産です。 

  • 世界遺産への登録が決まった"国立西洋美術館"。

空間のおもしろさとともに、ぜひ貴重な作品を味わってください!

国立西洋美術館

住所:〒110-0007東京都台東区上野公園7番7号

入館料:常設展は一般・430円、大学生・180円

開館時間:午前9時30分~午後5時30分

休館日:毎週月曜日(月曜日が祝日・振替休日の場合は開館、翌日火曜日が休館)年末年始(12月28日~翌年1月1日)その他、臨時開館、休館もありますのでウェブサイトをご確認ください。

ウェブサイト:http://www.nmwa.go.jp/jp/index.html