1970年代から90年代半ばまでアラスカを拠点に活動。野生動物や自然、人々の暮らしを撮影し続けた写真家、そして文筆家でもあった星野道夫さん。

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『没後20年 特別展 星野道夫の旅』が全国を巡回中です。星野さんが残した7万枚とも、それ以上とも言われる写真の中からおよそ250点が展示されています。今回は星野道夫さんの奥様、直子さんにお話をうかがいました。例えばこんな写真があります。水しぶきをあげて川を渡るカリブー。

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「カリブーはトナカイの一種なんですが、春と秋に1000キロもの長い旅をする動物なんです。この写真も秋の季節移動で川を渡っているところなんですけれども、北極圏で過ごしていたカリブーが南の森林地帯に帰って行く、その途中です。ちょうど逆光で川を渡っている水しぶきがきれいに輝いていますね。

このカリブーは星野道夫にとって一番大きなテーマと言っていいと思います。それは、長い距離を旅するということだけではなくて、この動物がネイティブの人たちの暮らしと深い関わりがあった、ということもとても大きいと思います。このカリブーの撮影のために毎年北極圏に入っていたんですけど、『広い北極圏のなかで、自分は点でしか待てない。』と話していました。その場所で一ヶ月キャンプをして待っていても、カリブーの群れにあえないまま撮影を終えなくてはいけないことが半分くらいはある、ということでしたが、毎年撮影に入っていました。」

さらに、星野さんのもうひとつの大きなテーマだったグリズリーの写真も。

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「撮影に入るとき、初期のころやオオカミに狂犬病が流行ることがあって、そういう年には銃を持って入らないといけないことがあったらしいですがそれ以外は銃を持たずに撮影に入っていました。それはどうしてかというと、銃を持っていると最終的には銃で自分の身を守れる、ということで、自然に対する想いや自然をそのまま感じる、ということが変わってしまうような気がするから。

もちろん望遠も使っていますが、かなり近くで撮っている感じの写真もあって、あるときアラスカの友達が『どうやってそういう写真を撮ってるの?』って聞いたらしいですね。そしたら『熊と一緒に呼吸するんだよ。』と答えたみたいです。おそらくこういうことかなと思うのは、撮影に長い期間入っても、撮影するのはほんの一瞬なんです。ずっと待ってる時間が長い。でも、本人はフィールドで過ごす時間をすごく大切にして楽しんでいました。フィールドでずっと時間を過ごすことで、熊と呼吸をあわせるようにというか、一体となってというか、そういう気持ちで写真を撮っていたのかなと思って。こっちから一方的に写真を撮っているというよりは、ほんとに同じ空間で一緒に時間を過ごしているという感じが伝わってくるので。」

星野道夫さんが、最初にアラスカの地を踏んだのは1973年の夏。なぜ、道夫さんはアラスカを選んだのか?奥様、直子さんはこう語ります。

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「どうして北の方の自然なのか、いうことはちょっとさかのぼりますが、子どものころから北の自然への漠然とした憧れがあって、最初は北海道だったりシベリアだったり何となくほんやりと北方だったらしいです。今回の写真展の会場を入ってすぐのところに、学生時代に古本屋歩きをしていて出会ったアラスカの写真集がありますが、その本のなかに一枚どうしても気になる写真がありました。その写真というのが、すごく雄大な自然とかではなくて、村の写真が空撮で撮られているものなんですけど、その写真を見て、『こういうところで、どういう人たちがどんな暮らしをしているんだろう。』というのがとっても気になったらしいんです。それでその写真のキャプションを見たら、その村の名前があって、どうしてもその写真が気になって、その村に手紙を書くことにして。」

ちなみにその村の名前は、シシュマレフ村。

「『写真集であなたの村を見て行ってみたいと思っているんですけども、何でもするのでどなたか置いてもらえませんか?』と書いて。住所も何も知っている人もいませんから、表にはシシュマレフ村の代表の方。それから、シシュマレフ村、アラスカ、アメリカ、とだけ書きました。」

この手紙をきっかけに、星野道夫さんのアラスカでの暮らしが始まりました。そして、そんな北の地の動物、自然、人々。その息づかいを感じられるのが、展覧会『星野道夫の旅』。

「会場でお客さんを見ていると、一枚一枚の写真とか文章をじっくり見てくださっている方がいて、ご自分と対話しながら見られているんだなと思います。そういう風にしていただきたいと思っていたので、すごく嬉しいです。

写真には大きなテーマであったカリブーというトナカイやグリズリーという熊の写真、いろんな野生動物や大きな自然、人々の暮らしというテーマはあるんですけど、私はその奥にいつも『命』を見ていたと思うんです。例えば、カリブーの写真であっても、その生態を撮っているわけではなくて、カリブーが生きている世界というか、人々とカリブーのつながりとか、そういうものが一枚の写真に凝縮されている気がして。一枚一枚の写真と対話して、それぞれの方がいろんなメッセージを受け取っていただけるようなことになると嬉しいなと思っています。」

会場の最後のスペースではテレビ・ドキュメンタリーのために撮影されたものの、放送されなかった未公開映像を見ることができます。星野道夫さんの姿が写し出されるフィルムを見ながら、直子さんはこんなことを話してくれました。

「今回、写真展の準備をしているなかでみんなで話していたのが、若い人たち、写真を初めて知る人、そういう人たちに、"こういう世界もあるんだ"っていうことを伝えられるといいなということ。あと、本人が本でも書いますが、アラスカでもいろいろあって、この時代の流れとか変化があります。でも、それを否定的に見るのではなくて、若い人たちの力というか、未来への希望というのをずっと本人は信じていたので、この写真や文章を見てくれる人がこれから生きていくうえで、『こういう世界があったんだな』と思い出すきっかけになったりとか、励ますことになったりとか、そういうことになったら嬉しいと思います。うまく言えないんですけど、はい。」

今この瞬間、ここではないどこかで起きていることを想像してほしい。例えば、北の地では先住民族のトーテムポールが静かな音とともに朽ち果てようとしているかもしれない。グリズリーは、川をのぼるサケを狙っているかもしれない。何万頭ものカリブーが、どこかに集結しようとしているかもしれない。そして、そんな光景を星野道夫さんが空の上から、やさしい眼差しで見つめているかもしれない。

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『没後20年 特別展 星野道夫の旅』

東京会場

会期:2016年8月24日(水)~9月5日(月)

会場:東京都 松屋銀座 8階イベントスクエア

時間:10~20時(最終日は17時閉場、入場は閉場の30分前まで)

料金:一般1000円、高大生700円、中学生500円、小学生500円

その他、巡回について より詳しい情報は公式ウェブサイトをご覧ください。

星野道夫公式サイト