去年の10月にリリースされたアルバム『BREMEN』はセールス1位を獲得、大ヒットとなりました。そのあと、米津玄師さんに舞い込んだのはこんな依頼でした。"『ルーヴル美術館特別展 ルーヴル No.9』のイメージソングを書いてほしい"『ルーヴル No.9』は、フランスの漫画=バンドデシネの巨匠たちによる"ルーヴル美術館をテーマにした漫画"を集めた展覧会です。このリクエストに応えて作られたのが、『ナンバーナイン』。米津さんがイメージした光景とは?
「簡潔に言うと、"遠い未来、滅んでしまった東京"、"砂漠になっちゃった東京"というイメージ。なんで砂漠なのかなって自分でも考えてみたんですけど、自分のなかのバンドデシネ感というか、バンドデシネってなぜか砂漠感があるんです。それはメビウスっていうフランスのバンドデシネの、ほんとに超巨匠みたいな人がいて、その人がよく砂漠で絵を描くんですよ。それで砂漠なんだろうなって、自分では思っています。砂漠のパブリックイメージって、生き物が生きていけない場所だとか、そういう過酷なイメージで、実際過酷だと思うんです。でも、なんかすごくやさしいイメージというか、救われる何かというものを個人的に見いだしていて。いつかはなくなるものじゃないですか、すべてにおいて。自分も自分の友達も家族も、そういう人たちって100年後にはもう生きてないじゃないですか。どうせ終わっちゃうんだよなっていう感覚が自分のなかにあって。東京もいつか分かんないですけど砂漠になるとしたら、それはそれで救いのある光景なんですね、自分にとっては。」
遠い未来、滅んでしまった東京。そこは砂漠になっている。このイマジネーションの広がり。その源には何があるのか?つづいては"ファンタジー"というキーワードで質問をしてみました。
「ファンタジーはすごく好きです。ファンタジーだからこそ書けるものとか表現できるものって確実にあると思っていて。所詮、虚構だっていう言い方もできると思うんですけど、このファンタジーで表現されていることは日常生活とか、現実の鏡なわけじゃないですか。普遍的な何かが、ファンタジーだからこそものすごく浮き彫りになって、それでしか表現できないやり方というものがあると思うんです。もっと現実に目を向けろとか言われたりしますけど、ファンタジーこそものすごい現実だと思いますね。」
ファンタジーといえば、米津玄師さんは、影響を受けた作品としてカニエ・ウエストのアルバム『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』を 挙げられています。
「カニエ・ウエストはものすごくバランス感覚がある人だと思うんです。バランス感覚があるからこそ自分の中にちゃんとしたラインがあって、そのラインを軸に自分はどうするかっていうのを考えられる人。すげえぶっとんでる人ですけど、ちゃんとした核があるからこそぶっとべるというか、そのあり方って、自分でもそうありたいなと思っているんです。カニエ・ウエストは音楽を作ったり、絵を描いたりするなかでものすごく指針にしている人のひとりです。
美しい音楽を作る人間が人格も素晴らしいのかっていうと、そうではなくて、むしろ逆だったりしますよね。だからこそ、その破綻している人格も込みでこの人おもしれえなと思うし、すごく魅力的にうつります。」
米津さんは音楽をつくるだけでなく、絵もかき自身の楽曲のジャケットのほか、雑誌『ROCKIN'ON JAPAN』では"かいじゅうずかん"という、イラストの連載も持たれていました。
「かいじゅうって倒すべきものとか、人に害をなすものみたいなイメージがありますが、俺が"かいじゅうずかん"でやったのはそういう怪獣じゃなくて、ちゃんと愛すべき隣人として、友達とか、友達じゃなくてもいいけど、一緒にこの世を生きるものという意味で描いていて。そもそも自分も怪獣みたいだなと思うこともありますし、どうしても人と違う何かみたいなものを見つめてしまうこともあるし。じゃあ、人と違う何かって何なんだって考えたら、みんな何かしら抱えてるじゃないですか、人と違うものって。ちゃんと怪獣として"かいじゅうずかん"では描いてますけど、そもそも人間も同じようなものだよな、って。」
人と違うこと。いびつさは、誰のなかにもある。違いがあっても、いや、違いがあるからこそ、愛すべき隣人である。もうひとつの新曲は『LOSER』。この曲からも、愛すべき隣人へのメッセージが聞こえてきます。
「この曲は自己嫌悪だとか同族嫌悪だとか、そういうところが強く出ている曲だと自分では思っています。暗くてうじうじした人たち、自意識が強くて引っ込みがちな、引っ込み思案な人たち。自分もそういう人間だと思うんですけど、でもずっとそこにいてもしょうがないなと思うんです。自分がそういうところにいるんだとしたら、もっと遠いところに行きたいんですよ。どこでもいいから遠くに行ってみて、遠くっていうのがこういうところだった、というのが知りたいと思うんです。だから、そのために作る音楽というのはどんな音楽なんだろうって。それがこういう曲になりました。」
引っ込み思案で、閉じこもりがちな人。
社会から少しはみ出していると思っている人。
すべてのルーザーたちへ、米津玄師さんは歌います。
「自分と同じようなことを思っている人たちはたくさんいるはずで、自分も負け犬だなって思うことが絶えないんです。客観的にみると、オリコンで1位とってみたいなパブリックイメージや、ステージに立って、ステージの前には何千人とお客さんがいて、みんな俺のことを見に来てるっていうそういう瞬間もあるんですけど、かたやその反対側には家でゲームばっかりやってる自分もいるし、なんも変わんねえなと思ったりするんです。自分も結局どこかで負け犬であって、負け犬の自分である以上、それは音楽にするべきであって、音楽にすることによって誰かひとりでもいいからそれに触発されて、自分がいまいる場所、自分がいま見ている景色っていうのがほんの少しでもいいから変わってほしいなと思います。」
『負け犬である以上、それを音楽にすべきである』そして、『誰かひとりでもいいから、自分の音楽に触発されて、いま見ている景色が ほんの少しでもいいから変わってほしい』静かで、でも力強いその言葉が深く胸に残りました。