来年4月、待望の来日公演をおこなうブルーノ・マーズ!そもそも、どんな道をたどってきたミュージシャンなのか?その魅力の核心に迫るべく、アメリカのポップミュージックに詳しい慶応義塾大学教授、大和田俊之さんにお話をうかがいました。

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まず最初に、ブルーノ・マーズはどんな背景のなかミュージックシーンに登場したのか?

「ブルーノ・マーズの両親は、プエルトリコ系のお父さんとフィリピン人のお母さんで、育ったのがハワイ。これは面白いなと。太平洋のフィリピンにあたるのが、大西洋のプエルトリコという感じでスペインの統治化にあって、アメリカ史の文脈でいくと、米西戦争のときに両方ともアメリカ領になるわけです。アメリカの植民地になっているので、アメリカ文化の影響が強くて、もともとスペインがあるのでラテン音楽も入りやすい。1990年代以降、アメリカにヒスパニック、今ではラティーノっていう言い方が一般的になってきていますが、ラティーノ、またはラティーナの人たちが急激に増えて、アメリカ文化のなかにヒスパニックの文化がどんどん浸透していったんです。もちろんブルーノ・マーズがスペイン語を使っているわけではないんですけど、そういったものを間接的に出自として、かつ、いわゆる黒人音楽的、ポップス的なものを歌っている人がメインストリームで出てくる、というのが非常に21世紀的だなという気がしたんです。」

ブルーノ・マーズは、ハワイ出身。子どものころから、歌の世界で活躍しました。

「もともと子役というか、エルヴィス・プレスリーとかマイケル・ジャクソンのモノマネ芸人みたいな形で子どものころから活躍していたんです。ハワイのレビューで週5日くらいの興業をしていて、地元の雑誌の表紙を飾ったり、だいぶ有名だったみたいです。しかも、映画に出演してるんですよ。4歳の時点で、リトル・エルヴィスという名前でハワイの興業に関わっていたみたいで、1992年の二コラス・ケイジやサラ・ジェシカ・パーカーが出ている『ハネムーン・イン・ヴェガス』という映画があるんですけど、それにリトル・エルヴィスとして出演しているシーンが見られます。子どものブルーノ・マーズがエルヴィスのモノマネをしている、という。王道のポップスみたいなものを子どものころから歌い続けてきた人ではあったようです。」

17歳のころ、のちにブルーノ・マーズと名乗る男、本名、ピーター・ジーン・ヘルナンデスはアメリカ、ロサンゼルスへ渡ります。

17歳のときにアメリカ本土、ロサンゼルスに行きました。ブルーノ・マーズって本名はピーター・ジーン・ヘルナンデスというんですけど、ヘルナンデスという名字はいかにもヒスパニックの人の名字ということで、最初に所属したレーベルから『ラテン音楽をやれ』と言われたそうなんです。ブルーノ・マーズ本人は、アメリカの王道のポップスを歌ってきたので、それを断ってしばらく鳴かず飛ばずの状況が続いたと言われています。その後、ヘルナンデスという名字を持っているとやっぱりラテン系、ヒスパニックのミュージシャンと思われるので、いっそのこともう名前を変えてしまえ、ということで、ブルーノ・マーズ。マーズ=火星ですが、もういっそのこと違う惑星から来た人にして、マーズと名乗る。ブルーノのほうは、子どものころからブルーノ・サンマルティノという、人間発電所と言われていたプロレスラーに似ているということで、お父さんがあだなとしてつけていたことから、ブルーノ・マーズと名乗るようになったんです。アメリカ文化の専門用語的にいうと、ヒスパニックだからといってラテン音楽をやる必要がない、とりわけ2000年代以降に、ひとりの人間のなかに多数の文化がある。これを、ポリカルチャーと言ったりするんですけど、そもそも、ブルーノ・マーズがラテン音楽をやれと言われて、それを断って、アメリカの王道のポップス、黒人の音楽に非常に影響の強い音楽をやるというのは、そういう理論的な地場がアメリカに成立していたから可能だった、という言い方もできるかもしれないです。」

ひとりのなかに、多様な文化が存在すること。そうした考え方が加速するのと時を同じくして、ブルーノ・マーズがデビューしたのです。 思えば、彼が子どものころにマネをしていたエルヴィス・プレスリーもマイケル・ジャクソンも人種を超え、大きな支持を得たアーティストでした。

「人種の壁を越えないと、アメリカでは大ヒットということにならないわけで、エルヴィス・プレスリーも黒人音楽をベースに大成功した白人。マイケル・ジャクソンのほうは黒人でありながらポップスのチャートで大成功しました。黒人が白人の世界で成功する、あるいは白人が黒人音楽で成功するというパターンから、ヒスパニック、アジア系を出自とするアーティストが黒人音楽、ポップスの世界で成功する、というのが次の段階というか、21世紀のアメリカを象徴するミュージシャンだな、という気がします。今度のアルバムは1970年代以降の黒人音楽のジャンルを全部そろえました、というようなアルバムですが、彼自身はアフリカ系ではない。でもマイノリティではあるわけです。マイノリティではあるブルーノ・マーズが黒人音楽の歴史をふまえたアルバムを作るというのが、面白いといえば面白いですね。」

ブルーノ・マーズの最新アルバムは、『24K Magic』。アメリカのソウルミュージックの歴史を、ギュッと凝縮したようなアルバムです。

  「普遍性というものがある種のノスタルジーを誘うというか、昔の音楽的なトレンドを取り入れつつも、最新のフォーマットにあわせてくる、というのが非常にうまいアーティストだなと思います。決して古くさい感じにならないんですよね。今のキラキラしたワクワクするようなサウンドでもあるし、その辺の目盛りの合わせ方がブルーノ・マーズはいつも絶妙だなと思って聞いてます。一番最初の話に戻りますが、彼はエルヴィス・プレスリーやマイケル・ジャクソンのモノマネをやっていたわけですが、当時やってたころから、エルヴィス・プレスリーはすでに懐かしいアイコンであったはずです。しかし、そういう興業で今の聴衆を盛り上げるというのを子どものころからやってきた人なので、昔の遺産を継承しつつ今のリスナーに向けてやるというのは、本人は得意中の得意なんだろうなとは思います。」

最後に、デビューシングルにして全米ナンバーワンとなった『Just The Way You Are』。この曲について、大和田 俊之さんはこんなことを話してくれました。

「『Just The Way You Are』自体が大ヒットしたんですけど、僕はこの曲がテレビドラマの『Glee』のなかでカバーされた回が非常に印象的で。邦題が『グリー式ハッピーウェディング』という、結婚式がテーマになっていて、それは登場人物のふたりのお父さんとお母さんが結婚するんですが、その登場人物のひとりがゲイなんです。その男の子が高校でいじめられているんですけど、親同士が結婚するもうひとりの男の子は、フィンといってアメフト部でクラスの人気者。最初はフィンが、ゲイのカートがいじめられているのをちゃんとかばえなかったんですけど、やっぱりあのときにお前のことをかばってやれなくて悪かった、ということを結婚式のなかで和解もかねて、『Just The Way You Are』をカートに捧げて歌い上げる。日本語に訳すと、【ありのままの君で素晴らしい、君はありのままでアメイジングだ】という歌詞があって、もともとミュージックビデオを見るとブルーノ・マーズの曲は男女の恋愛をテーマにした曲ですが、当然『Glee』という番組のなかでこのようなシチュエーションで歌われるということは、『ありのままでいいんだよ。』と性的マイノリティを肯定するというコンテキストに読み替えられるというか、これはドラマの演出としても素晴らしいなと思って見てましたね。」

人種的、あるいは性的なマイノリティとされる人たちに光があたるなか、音楽の世界に現れたブルーノ・マーズ。超人的なパワーを持つレスラーにちなんだブルーノが、人種や国境を飛び越えます。なぜなら、彼のラストネームはもはや地球ではなく、火星を意味する『マーズ』。2018年春、ブルーノ・マーズがやってきます。