今回は、ミュージシャン・米津玄師さんにうかがったニューアルバム【BOOTLEG】のHidden Story。米津さんが、アルバム制作を意識し始めたのは、今年2月ごろ。初音ミク《マジカルミライ》のテーマソング『砂の惑星』を作っているころでした。
「『砂の惑星』1曲で2ヶ月くらいの時間がかかりました。なんでそんなに時間がかかったのかというと、昔、ハチという名義でボーカロイドを使った曲を作っていて、その名義で投稿するのが4年ぶりくらいだったんです。久しぶりにボーカロイドに歌わせるためのエディターをパソコンで開いて、初音ミクの声を聞いた瞬間にものすごく違和感がありました。4年間自分の声で歌うことで生活していた人間が久しぶりにボーカロイドに戻ると、そこに違和感があって、その4年間の溝を埋めるのに1~2ヶ月かかって。」
アルバム制作の最初の鍵となったのが、『砂の惑星』。そしてアルバムには、この言葉が繰り返し登場します。それは《砂漠》。
「砂漠がものすごく好きなんです。『ナンバーナイン』を作ったときに、ルーブル・ナンバーナインという企画展が日本であって、それはルーブル美術館に新たな芸術として漫画が加えられる。それはバンドデシネというジャンルの漫画で、そのバンドデシネの巨匠と言われているメビウスという人の漫画のなかに、ものすごく印象的なモチーフというか、世界として《砂漠》があったんです。ものすごく複雑な感情が砂漠というモチーフにあって、砂漠って開けていてシンプルな空間じゃないですか。でも、今自分は日本に住んでいて、すし詰め状態になりながら暮らしている。だから、そういう何にもないシンプルな空間に対してスカッとした気持ちにもなるし、ネガティブな意味でいうと、人が住みにくい土地であって、作物が育たない、ある種、不毛な土地というイメージ。あと、どこか自分のなかで滅びの象徴というイメージもあるんですが、滅ぶということについて自分はポジティブなイメージも持っていたりするので、入り組んでいるんですけど。そういうものが『ナンバーナイン』という曲をきっかけに自分の頭のなかから離れなくなってしまって、ひとつ表層に現れたのが『砂の惑星』だと思います。その時期、砂漠の曲ばかり作っていて、この砂漠の曲が全部アルバムに入ったら『砂漠のアルバム』になってしまうんじゃないかって不安、不安というか予感があって、そのときのアルバムの仮タイトルは『DUNE』だったんです。」
砂漠の曲ばかりを作っていたため、アルバムの仮タイトルは【DUNE】でした。しかし、実際についたタイトルは【BOOTLEG】。
「頭のなかに砂漠ゾーンというのが自分のなかにあって、『砂の惑星』という曲を作り上げて、それをニコニコ動画に投稿して、ありがたいことに盛り上がってくれたんですけど、その中にちらほらコメントとして『人の曲を勝手に使うな』っていうのがあったんです。その曲の2コーラス目に早口になるところがあって、そこでボーカロイドシーンの金字塔とも言われる楽曲、なおかつ自分が影響を受けた楽曲のタイトルとか歌詞をオマージュとして散りばめたんですね。それに対して何かしらの拒否反応を示す人間がいて、それっていったい何なんだろうと思ったときに、過剰なオリジナル信仰みたいなものがあるなと思ったんです。オリジナリティ・独創性という言葉があって、その使い方に違和感を覚える自分がいて。誰かが見たことがあるもの・見たことがないものを突き詰めていくと、ものすごく不安な音楽にしかならない。例えばノイズミュージックとか、それはそれで美しさがあるというのは分かる。でも、そもそも自分が思う美しい音楽、自分がやりたいのは普遍的な音楽であって、普遍的な音楽というのはどういうものかというと、どこかで聞いたことがあるもの、懐かしさを帯びた音楽。だから、そういう意味でいうと、自分は過去の偉人達が作ってきたフォーマットにのっとって、ある種、懐かしさを帯びた音楽を作っていきたいと思っている。それは、いろんな人間のエッセンスを取り込んで、いろんな人間の一部をかみちぎって、自分の中に飲み込んで、胃の中で醸造して、再構築してはきだす、ということ。それを自分の言葉でいうと、スクラップの寄せ集めのような人間だなと思うんです。過剰なオリジナル信仰を持っている人からすると、自分はもしかしたら偽物なのかもしれないけど、でも偽物でもこれだけ美しい音楽が作れるんだという、ある種ちょっとした皮肉も込めて【BOOTLEG】という、海賊版というタイトルに落ち着きました。」
過去から現在へと続く音楽の豊かな流れをくみとって、さらには、世界の今のポップミュージックをたっぷり吸い込んで、体のなかで醸造して、送り出す。アルバムのラストに収録されている『灰色と青』にもそれを象徴する音づくりがあります。
「あれは、コーラスの『ウー』という声をデジタル処理して、一回言うことによって何声にも増やしてくれるデジタルクワイアと言われたりするソフトがあるんですけど、ここ最近、海の向こうの音楽ではそういうものを使って叙情的な音楽を作るという文脈があるんです。Bon Iverとか、Francis & The Lightsとか、その文脈で1曲作れないかなと思いました。だから、今できるポップソングって何だろうな、今にふさわしいポップソングって何なのかということを自分なりに咀嚼した先に、デジタルクワイアというのがあって、デジタルな音楽ではあるんだけど、叙情的。デジタルとあたたかさ・叙情というのは、一見すると真っ向から対立しそうなものじゃないですか。2017年の今、作るべきポップソングって何なのかなと考えた先に出てきた結論です。」
米津玄師さんのニューアルバム【BOOTLEG】。『灰色と青』は菅田将暉さんをフィーチャー。ほかにも、池田エライザさんを迎えたナンバーもあります。美術展とのコラボレーションも、映画の主題歌となった曲もありました。多くの人と関わりながら作った、その理由を最後にうかがいました。
「あれこれこねくり回しながら作ることに飽きがくるというか、面白くないなと思うようになったんです。自分がひとりで作ったファーストアルバム【diorama】というのがあるんですが、それを作ったあと1年くらい、次どうするかなぁと、ああでもないこうでもないとやっていました。でも、そのどれもが前と同じような繰り返しにしかならない、それはつまらないと思ったんですよね。ひとりでやれることってたかが知れてるんです。結局、自分の井戸の中だけで井戸を掘って行って水が出て、ああ水が出たな。で、また水が涸れて掘り進めて行って、そういうルーチンワークのなかでカチンと当たるのはものすごくかたい岩盤で、もう自分のシャベルだけでは掘り進められない。掘れないところまで来てパッと上を見上げたら、あまりにも深いところまで来ていて、自分一人では這い上がれないところまできた。それはものすごくていたらくというか、みにくいことだなと何となく思って、そこからどうするかと考えたら、いろんな人間と言葉を交わしながら、またその言葉を交わすことによって自分を拡張しながらいろんなところに接続していくっていう作り方が、それが個人的には唯一音楽を続ける方法だったし、また生活をしていく方法だったなということを、思い返してみると、いまはそう思います。」
いろんな人間と言葉を交わし、自分を拡張し、いろんなところに接続していく。それが音楽を続ける唯一の方法であり、生活をしていく方法であった。それはおそらく、音楽家が、井戸のない《砂漠》で生きていくための方法。でも、その砂漠には『豊かな音楽』という名のオアシスがありました。