今回は、滋賀県の日野町にある社会福祉法人『わたむきの里福祉会』によるお米づくりをご紹介します。
2020年には、お米の全国コンクールで最高の賞である《金賞》を獲得した『わたむきの里』。その道のりをたどります。
まずは、社会福祉法人『わたむきの里福祉会』こちらは どんな経緯で生まれ、どんな活動をおこなっているのか、常務理事の酒井 了治さんに教えていただきました。
「わたむきの里は、2001年に障害のある子どもたちの親御さん、あるいは役場の方とか地域の方、養護学校の学校の先生たちが養護学校卒業後の障害のある子どもたちの進路保障のために、みんなで資金づくりをして作ってきた法人です。日野町は人口2万1000人ほどの高齢化率が30パーセントを超える小さな田舎町なんですが、そんな日野町で地域課題解決型の事業で障害者が働く作業所の仕事づくりを現在進めてきております。」
地域課題解決型の事業、という言葉がありましたが、実は、今回注目しているお米づくりも、地域課題の解決を目標とした事業なんです。
「2007年から農業を始めさせていただいたんですが、その当時、わたむきの里は山に入って木を切ったり竹を切ったりして炭焼きをしておりました。山で仕事をさせてもらっていると、山際の田んぼでポツポツと耕作放棄地が出始めました。そんな状況だったので、耕作放棄地が広がっていってる状況を見て、そこをうちが事業としてさせていただこうかなということで農業に参入をさせてもらいました。ただ、その農業に参入させていただいた当時なんですけど、耕作放棄地になりそうなんだけど"障害者施設にお米作りなんか無理やわ"と。"先祖代々の土地やから障害者施設に預けられない"そんな声もやっぱりあって、なかなか耕作放棄地になりそうなんだけれども貸してやろうという農家さんは少なかったんです。でも、1軒の農家さんが"どうせこのまま耕作放棄地になるぐらいやったら1回やってみな"ということで田んぼを貸してくださって。そのあと2年間ぐらいは1.5ヘクタール、ちっちゃな田んぼでお米作りをしてたんですけど、その時の管理の状態を見て、地域の方が"ここやったら安心して作ってもらえるかな"ということで。そのあと、もう毎年毎年、高齢の地主さんから次々に"うちの田んぼも作ってほしい"という依頼をいただきまして。現在は11ヘクタール、だいたい東京ドームの2.5倍ほどの田んぼの面積になっています。」
このようにしてスタートしたお米づくりが、のちに高い評価を得ることになります。その背景には、お米づくりの達人、山形県の遠藤五一さんによる指導がありました。
「障害のある方に少しでも高い工賃をお支払いしようとすると、一定の利益をしっかり出していかなければなりません。しかし、やっぱり山手の方の棚田を管理しているわたむきの里では、たくさん収量を上げることができませんし、面積あたりの収量を上げることがほんとに難しい地域になります。ただ一方で、蛍が飛ぶような綺麗な水があり、沢ガニが住む田んぼもあり、すごく自然豊かな環境がある。そういう圃場なので、美味しいお米づくりに特化して量よりも質で勝負をしようということで美味しいお米作りに参入しました。美味しいねという声は以前からいただいていたんですが、実際にコンテストに出した時にどれくらいの評価がいただけるのかなということで、日本最大級のコンテストに挑戦しようということになりました。その中で、日本一おいしいお米を作られるというと、その第一人者が遠藤五一さんだったので、ぜひご指導いただきたいということで何度もメールをさせていただいて、電話をさせていただいて、オファーをさせていただきましたところ、うちの法人の理念や障害のある方の社会参加というところに強く共感をいただきまして、その後も継続的にご指導に入っていただいております。」
遠藤五一さんは、お米のコンクール【米・食味分析コンクール:国際大会】で4年連続 最高位の金賞を受賞した方で、お米農家のレジェンド とも言える存在の方なんだそうです。では、そんな遠藤さんから、どんな指導を受けたのでしょうか?
「遠藤さん自身のお米作りって、かなりの特殊な農業をされてるんです。一般的な農業、慣行農業では、それなりの手間でそれなりの品質のお米がそれなりの収量取れる。そういうお米作りと味に特化しておいしいお米を作るっていう技術は、やっぱり全く違う技術なんです。遠藤さんが持っておられる技術は、もちろん慣行農業もできますが、めっちゃ美味しい食味を出すとかお米で甘みを出すとかというそういう特別な技術をお持ちなので。色々とご指導いただいてるわけですが、それこそ使う資材1つずつにこだわりがやっぱりありますし、しっかり科学的な根拠のもとでその資材を投入させてもらって、もっとこだわってる時は月の満ち欠けを計算に入れたり。そんなとても深い農業をご指導いただいております。」
遠藤五一さんの指導を受け、『わたむきの里』のお米が2020年、【米・食味分析コンクール:国際大会】で最高の賞である〔金賞〕を受賞しました。
「何よりやっぱり嬉しかったのが、受賞をしたことが日野町の皆さんに伝わって、私たちが田んぼで働いてると地域の方が来てくださって、うちの利用者さんに声を掛けてくださるんです。 "わたむきの里は日野町の誇りや"と言ってくださったりですとか、"美味しいお米作り、来年挑戦したいから教えてえな"。そういう声を圃場までわざわざ来てくださって、いろんな方が声をかけてくださったのがとても誇りになりまた。」
最高の賞を受け、誇りを胸に、その後もお米づくりは続いています。もともとは、耕作放棄地、という地域の課題を解決しようということで始まった『わたむきの里』の農業。ただ、耕作放棄地が増える中、『わたむきの里がその農地の全てを担っていくのは仕事量的にも難しい状況です。そこで、地域のお米づくりを守るため、酒井さんは、こんなアイディアも温めています。
「一緒にやってる農家さんたちはもう70代の方が多いので。その方たちが10年、20年、地域の圃場を守れるかというと本当に厳しい状況にあると思うので、なので例えばわたむきの里にサラリーマンとし入職をいただいて、一緒に田んぼを作って、その中で農業のノウハウを身に付けていただいて。それで独立していただいて、その後も連携を取りながらみたいな。新規就農ってやっぱりお金もかかりますし、信用もなければ田んぼも貸していただけないので、まずはわたむきの里に入職いただいて一緒に作ることで、そのあと技術的なものを持って独立して一緒に地域を守っていただける。そういう新規就農の方が広がっていったらいいなという風にも思っているんです。」
滋賀県の日野町で、地域課題解決型の事業によって、障害のある人が働く作業所の 仕事づくりを進める、社会福祉法人『わたむきの里福祉会』。最後に、今後のヴィジョンについて教えていただきました。
「地域の課題を解決するような仕事をさせてもらって、それでしっかり工賃が払えると地域の人にとっても素敵なことやし、働く障害者にとってもとっても素敵なことやと思うんです。で、どうしても障害者施設が、施設の中であんまり外に出ずに仕事をしてしまうと、地域の人からあそこで何してやるのかなっていう風に少し見えづらくなってしまうと思うんです。わたむきの里は、地域に出ていって、そこで地域の課題をしっかり解決していくことで、地域の人が"わたむきの里があってよかったな"って思ってもらえる町づくりにしたいなと思ってるんです。なんでそれが必要かというと、例えば養護学校を卒業される方がわたむきの里に来られる時に、ご親戚の方とかに"誰々ちゃんどこ行くの?"って聞かれて、"わたむきの里に就職します"って言うと、"いいとこ行くな、あそこのお弁当、いつもうちのおばあちゃん食べてはるわ"とか、"あ、金賞取らはった田んぼ管理してるところやな、すごいな"という風に声をかけてもらうと、きっとわたむきの里に通われる方が笑顔で通えると思うんですよ。で、その障害のある方が笑顔でわたむきの里に通うと、そこのご家庭もきっと笑顔が増えますし。そうやってあったかい町を作っていくと、みんなにとって幸せやと思うので。だからこそ私たちは社会に出て、社会で喜ばれる、そういう仕事を一生懸命作って頑張っていけたらな、という風に思ってます。」
お米の販売については、現在インターネットでの販売は中止になっていて、お電話で問い合わせいただき、もし在庫があれば販売いただける、という形になっています。ご連絡先などは、「わたむきの里福祉会」の公式サイトをご覧ください。