11月2日は「習字の日」です。手書き文字の大切さや、習字教育の文化的、教養的価値を多くの人々に知ってもらうため、「日本習字教育財団」が2013年に制定した記念日です。
11が「いい」、02を「もじ」と読む語呂合わせなんですね。日常生活で文字を書く機会は減っていますが、習字を習うことで、きれいな字が書けるようになったり、集中力が養われたり、正しい姿勢を身につけることができます。日本では、小学校と中学校で「習字」が必須科目となっていますが、海外では、文字を書くことの学び、どうなっているのでしょうか?「世界のお習字事情」と題して、2つの国の番組通信員の方に、現地の事情を伺います。
●アメリカ・ロサンゼルス在住 / 手島 里さん
Q1 まず、英語圏で「習字」というと、筆記体をイメージします。
手書き、筆記するのがhand writing/penmanship, 学校では習いますか?(日本の習字/書道にあたる、キレイに手書き~、Calligraphy,)
A1 はい。ロサンゼルスでは小学校低学年で筆記体を習います。西洋的な書道といえば、筆記体をより美しく見せる"カリグラフィー"があります。授業では習いませんが、部活動でカリグラフィーを書くクラブなどがあるようです。実はこの筆記体、州によって教えていないところもあるんです。歴史を遡って行きますと、筆記体の文字が生まれたのは6世紀ごろといわれています。当時は文字を書く道具として『羽根ペン』が使われていました。羽ペンは壊れやすく、正しく使わないとインクが飛び散りインクも早くなくなってしまうという欠点がありました。そこで筆記体という、文字がつながった書体を使うことで筆記速度が速くなり、ペンをあまり持ち上げなくて済むためインクの飛び散りや減りを軽減できるということで筆記体が広く浸透して行きました。これに合わせて学校などの教育現場でも、カリキュラムのひとつとして筆記体を教える事になります。
Q2 ただ、近年はデジタル化を背景に、筆記体を書く習慣がなくなりつつあるとか・・・??
A2 アメリカで2010年に州共通中核基準(Common Core State Standards)が制定されました。これは幼稚園から高校までの言語(英語)や数学に関する教育プログラムを全国的に統一させようという目的があります。このプログラムでは筆記体について教えるという表記はなく、逆に小学3年から5年生までにキーボードスキル(パソコンに文字を入力する技術)を習得するよう表記されています。Common Coreが制定されたことで、2010年代半ばまでに46もの州とコロンビア特別区がこの基準を採用しました。その結果、筆記体の指導は衰退していきました。
Q3 ただ、50の州があるアメリカ、州によっても違いがあるんですよね?
A3 現在24の州が、何らかの形で筆記体の指導を義務付けているという状況になっています。カリフォルニア州は、昨年10月、ギャビン・ニューサム知事が、小学校1年生から6年生までの筆記体の手書き指導を義務付ける法案に署名しました。復活したのには様々な理由がありまして
- 『筆記体で文字を書き出すことは、特にタイプライティングと比較して、学習と言語発達全体を促進する特定の神経経路を活性化できる』つまり脳への効果的な影響があると科学者たちが認めています。
- そのほかにも『筆記体で書かれた歴史的文書を学生が確実に読めるようにするため』
- 『いまや顔認証で人を識別できる時代ではあるけれど、サインなどの文字は個人を特定する重要な手掛かりになる』などといった意見が議会で提出されました。
Q4 筆記体の学習を復活させている州もあるとのことですが、筆記体が習わなくなったことの影響ってあったのでしょうか?
A4 筆記体を教育しないことで、アメリカの子供たちの学力が低下しているのではないかという懸念も出ています。実際に15歳の読解力の国別2022年世界ランキングを比較するとアメリカは9位。トップのシンガポールや3位の日本など、科学、技術、工学、数学の強豪国に後れをとっています。脳への刺激は『筆記体』でなくても『手で文字を書く』という事が重要なんだそうです。しかしタイピングに比べて時間のかかる『文字を書く』という作業を復活させるとなると、学校などの教育現場ではキーボード操作も教えなければならないので、学習時間をどう捻出するかが大きな課題となっています。
●中国・北京在住のライター、斎藤 淳子さん
Q1 中国の義務教育では、習字の授業、どうなっているのでしょうか?
A1 もともと10数年前までは、中国の教育ではテスト科目の点数至上主義でした。それ以外の体育、音楽、美術などは、中学・高校・大学入試と関係ないので、学校も親も軽視して、よく、国数英の時間に変更されて授業が潰れることも多々でした。やっぱりそれは良くない、ということで近年は体育や労働、中国の伝統である習字や美術などももっと強化しようという動きがあります。習字はそういう動きの中で2011年以降、新しく国語の時間にやるべきと政策でも取り上げられ、徐々に導入されました。2022年の新しい教育方針では全国で小学生3~6年生は毎週1回習字を学ぶと決められました。習字が注目されてきたのは本当にごく最近なんです。先週出たばかりの新しい教育省の方針で、先生の研修で「ペン習字、黒板字、習字の3つの筆の文字」を教員の基本的技能として今後は教員試験に入れていく、と発表されました。つまり、これまではこういうこともなかったということです。
Q2 習字では画数の多い繁体字を使うのでしょうか?
A2 中国は全て簡体字です。繁体字は50歳以上で、一定の教育を受けた人以外は知りません。ただ、習字の昔の有名な手本は繁体字で書かれているので、本格的に習字を学んでいる人は繁体字ですね。小学校では習字とペン習字を混ぜてやっているところも多いので、混乱させないように簡体字が一般的です。中国の人が言っていたのは、字を習うのは2種類あって、一つは「硬い筆」と書いてペン習字。これは大学受験にも有利ということで、以前からも盛んです。2021年に学習塾禁止令で国数英の学習塾はダメになった後、ペン習字や体育系はOKでペン習字塾は増えました。もう一つは毛の筆と書いて習字の事です。これは中国の人は「芸術」と言います。芸術系なので、芸術が好きな人だけという理解です。だから、日本よりハードルが高い感じですね。もちろん、新しいカリキュラムでは習字が導入されたので、急に重視の風が吹いています。ただ元々は、学校のクラブ活動に習字があったり、知人のお子さんにも習字を習っている子もいますが、日本ほど裾野はまだ広くない感じです。
Q3 というと、習字や書道は、まだまだ大人の趣味の側面のほうが強いのでしょうか?
A3 ごく最近まで、習字というと、圧倒的に年増の方の趣味で、お茶、鳥籠で飼う鳥、中国将棋にならぶ、退職後の悠々自適に時間を使うための趣味というイメージです。それが、ここにきてトップのお方の影響で国粋的な空気がビュンビュン吹いており、教育にもその方の思想や、中国の伝統文化や労働を重視という新方針が導入され、その中で一気に習字も重視されています。
Q4 中国から漢字が伝わった日本の方が、習字が浸透しているのかもしれませんね。
A4 漢字も習字も元々は中国から日本に伝わったものですが、中国が発展発展と習字を放っている間、日本は安定して大事にして維持してきた。20年前は「日本人は小学校で習字を習うらしい!」「僕らもそうすべきだ」と中国の人が驚いて言っていたことがあります。習字の発祥地ではおろそかにしているのに、日本は習字文化を大切にしている、と。今は、中国では国粋ブームなので、にわかに注目を浴びています。同じようなことが茶道や華道、着物などに言えると思います。文化はお互いに循環するから面白いですね。