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『TRAVELLING WITHOUT MOVING』・・・
「動かない旅」をキーワードに旅の話と、
旅の記憶からあふれだす音楽をお届けします。
ナヴィゲーターは世界約50ヶ国を旅した野村訓市。
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#473 --- いつもでもあると思うな!---
テーマは、「なじみの店」
中高時代に通学していた目白で過ごした日々...
校門をくぐる回数と同じくらい足を運んだ
“なじみの店”
訓市がその店で常食していた料理、味とは?
そこでお店のスタッフと会話した内容とは?
知人から届いた突然の訃報を目にして
食べに行った店内で何を思ったのか?
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「旅」と「音楽」に関するエピソードや思い出の
“お便り”をお待ちしています。
「旅先で聴きたい曲」のリクエストも大歓迎!
手紙、ハガキ、メールで番組宛てにお願いします。
番組サイトの「Message」から送信してください。
秋冬の「パワーバラード」のリクエスト曲も
お待ちしています。
メタル、ハードロック系のバンドでも
胸がキュンキュンするバラードのビッグヒットや
隠れた名曲が必ずあるハズ。
貴方のココロに刺さった思い出の
「パワーバラード」をシェアしてください。
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宛先は・・・
〒106-6188
株式会社 J-WAVE
TUDOR TRAVELLING WITHOUT MOVING 宛
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MUSIC STREAM
動かなくても旅はできる。
ミュージック・ストリームに
身をゆだねてください。
Purple Haze / The Cure
Without You / Debbie Gibson
Sexual Healing (Kygo Remix) / Marvin Gaye
Go Flex / Post Malone
君の便りは南風 / 泉谷しげる
Can't You Hear Me Knocking / The Rolling Stones
White Sky / Vampire Weekend
Lenny / John Mayer
Psycho / Post Malone
ON AIR NOTES
どんな会話を交わしたのか。
何を見たのか、何を聞いたのか。
その音の向こうに何があったのか。
KUNICHI was talking
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僕が通っていた高校は目白にありました。目白駅って改札口は1つ、大通りに面してまして、出て右に行けば学校の通校門あって、左に行けば商店街でパチンコ屋やら雀荘、居酒屋などが点在していました。当然、学生さんは右に進まなければならないのですが、中にはそのまま左へと行く不届き者もいました。さすがに朝から左に行くことはあまり無かったと思うんですけども、昼になるとコソコソと教室を抜け、一目散に駅の左側へと向かうことがたくさんありました。それは古い郵便局の横にある、小さな中華料理店。それこそが僕の目的地、「丸長 目白店」でした。皆さんは「丸長のれん会」というのを聞いたことがありますか?今では下手すればラーメンより人気のあるつけ麺、その発祥地らしいんですけども、つけ麺と言えばの「東池袋 大勝軒」も同じグループで、長野のお蕎麦屋さん出身の家族が東京で始めた中華屋の賄い飯がつけ麺だったらしいんですよね。言われてみると蕎麦を食べるようにラーメンを食べるっていうのは、なるほどっていう感じなんですが、そこから暖簾分けした同じ一族の方が始めたのがこの店で、よく学校帰りに一緒にラーメンを食べ歩いていた友達が、この目白にもうまい店があると聞いてきてハマり、連れて行ってくれたのが最初です。現在のお店と違ってその頃は本当に味のある、古くて小さな店でした。とにかく昼時になると長い行列ができて、暖簾をくぐると「ザ・昭和の町中華」。赤い座面のスチールパイプの丸椅子が並んで、いっぱいに入っても10人以上入ったかどうか。キッチンの中には野菜をひたすら炒めるおばさん、店を切り盛りする姉妹、それにおじさんの4人が小さな厨房の中でものすごい速さで注文を捌いていました。注文が入ると丼がズラリと並び、それぞれの具が投入されて、茹で上がった麺を大きなザルで洗うと、あっという間にそれが皿に盛られて出てくる。友達のおすすめ通りのメニューを頼んだ僕はその大きさに圧倒されました。普通のラーメンの丼にスープが入っているのですが、その表面を突き破って盛られた野菜炒めと細切りチャーシュー。これではどこに麺を漬ける隙間があるというのか分からないんですよ。最初に野菜を食べて、スープに麺を浸せる隙間を作らなければなりません。これは映画『タンポポ』で学んだ正しいラーメンの食べ方じゃないじゃないか。いやそもそもつけ麺だからルールは破っていいのか。そんなことを考えながら一口目をいただきました。
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その一口食べたつけ麺なんですが甘酸っぱいようなスープ・・・魚介と動物系が混ざったっていうスープですが、底に一味唐辛子が沈んで入っていて、食べるごとにそれがスープと混ざり、だんだんと辛味も出てくるという自分がそれまでに食べたこともないようなつけ麺でした。当時高校生の僕といえばギトギトの九州ラーメンや背脂チャッチャ系と言われるラーメンを好んで食べていました。夜中に環七を流して、背脂で丼が持てないようなラーメンこそ至高の一杯だ!と信じ込んでいた自分にとって、そのつけ麺というのはなんでしょうね、まったく食べたこともない新しいものでした。どこか日本蕎麦の蕎麦湯で割った出汁のような雰囲気もありましたし、初めて食べた時に、「あれはなんだ?」と思っては確認しに行くというのを繰り返し、気づけば一部の友達には「つけ麺大王」と呼ばれていました。そういう別のチェーン店があるんですけどね。それから週に何回食べたかは分からないんですけども、学校の授業を受けるよりつけ麺屋の方に確実に通っていました。学校を卒業し、目白に行くことが無くなってからは随分とご無沙汰していました。バックパッカーもやっていましたし。それがある日フラッと寄ると、「あら、昔高校生の頃、よく来てくれたお兄さんじゃない」と店を切り盛りする姉妹の妹さんが声をかけてくれました。多分7年8年は行っていなかったと思うんですけども、注文するものも覚えていてくれて、良い店というのは味だけじゃなくて働いている人もすごいんだなぁとそのとき本当に思いました。それからは、年に1回は最低でも目白に食べに行っていました。まるでお盆に帰る実家のような感覚です。海外にいる時に、つけ麺を思い出して無性に食べたくなって帰国したら飛んで行く、そんなことも何度かありました。「ラジオ始めたでしょ?良い声ね」「あなたマヨネーズが好きだったの?」。滅多に行かなくても、お姉さんはなんでも知ってました。ただ最近、グルテンフリーを始めて1年以上行けていなくて、そろそろたまにはラーメンもいいだろうと思っていた矢先、お姉さんが亡くなったと目白が地元の知り合いから聞きました。前の日まで普通に働いて突然だったと。しばらく休みだったというお店が再開したのを聞いて、先日とうとう食べに行ってきました。久しぶりのつけ麺はもちろん美味しかったのですが、今までのようには味わうことが出来ませんでした。「お久しぶり」っていう声もないですし。麺をすすりながら、初めて食べた頃から今までのことがつけ麺と関係なく色々と頭に浮かびます。なんでもっと早く来なかったんだと後悔をしながらスープを飲み干しました。何が言いたいかっていうと、たまに馴染みの店を大事にしましょうって言いますけど、今回お店は無くなったわけじゃないんですが、最後にお姉さんにも「今までありがとう」ってすごく伝えたかったですし、馴染みの店っていうのはとにかくいつまでもあると思うな。そして無くなるっていうのを丁寧に教えてくれるわけでもないので、できる限り定期的に通いましょう。それもまた、小さな小さな旅だと思います。
野村訓市
1973年東京生まれ。幼稚園から高校まで学習院、大学は慶応大学総合政策学部進学。
世界のフェスティバルを追ってのアメリカ、アジア、ヨーロッパへの旅をしたトラベラーズ時代を経て、99年に辻堂海岸に海の家「SPUTNIK」をプロデュース。世界86人の生き方をたったひとりで取材した「sputnik:whole life catalogue 」は伝説のインタビュー集となっている。
同名で「IDEE」よりインテリア家具や雑誌なども制作。現在は「TRIPSTER」の名で幅広くプロデュース業をする傍ら、ブルータス等の雑誌などで執筆業も行う。