2021年10月05日

10月7日から開催の美術展「若林雅人の天地創造」について伺います。

美術作家の若林雅人さんをお迎えしています。
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※リモートでのご出演です。

――若林さんは1995年から、チェルシーカレッジ大学院で
研究員になります。

若林さん:ロンドンに行くときには
招聘していただいて、どこの大学でも
入れてくれると言われて、全部の大学を
見てきなさいということで、見てまわりました。
ゴールドスミスはみんなとんがっていて
血気盛んだったので、もっとおおらかな
ところがいいと思い、チェルシーカレッジに
入れてもらいました。
最初、僕は絵画科に行こうとしていたんですが、
招聘してくれたナイジェルが
『自分を決めつけちゃダメだ!なんでも
できる場所に行って自分を空っぽにして
何やってもいいんだから!』と言ってくれて
彫刻科に進みました。

――若林さんの経歴を振り返ってみると
19歳~20代半ばまでを海外で経験されています。 
この経験は美術のことだけじゃなく、
ご自身の中で、どのように生かされていますか?

若林さん:結果的には良かったと思っています。
というのは自分が勉強したいことだけを勉強できた。
カリキュラム通りに勉強するのではなく、質問を
自分で作るところから始めなくてはいけなかったので。
自分の人生の目的を自分で決める…海外という環境の中で
自分に問い続けた時間は良かったと思います。

――若林さんの展覧会「若林雅人の天地創造」が、
10月7日(木)~10日(日)まで 
荒川区東尾久のギャラリーOGU MAGで、   
開催されます。

若林さん:この展覧会は2017年から
細いペンに墨をつけて、紙にひたすら
線を書いた作品がメインになります。
中には1年以上かけて描いた作品もあります。
タクシーの運転手をしながらなので、
会社に行く前に3時間フラメンコギターを
弾いて、帰ってからまた3時間フラメンコ
ギターを弾いて6時間寝て、
夜中の12時から朝の7時までは絵を
描くというのがこの10年間の生活に
なっています。
今回の展覧会では約10点ほど展示します。
スケール感の違いも含めて
楽しんでいただけると思います。

今夜の選曲… FLAMENCO BARROCO / DIEGO CARRASCO

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2021年10月04日

美術作家でフラメンコギタリスト…というお話伺います。

美術作家の若林雅人さんをお迎えしています。
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※リモートでのご出演です。

若林さんは1965年東京生まれ、
ロサンゼルスで、美術を学んだ後、
スペイン、マドリッドで、古典絵画技法を研究。
そして、ロンドンのチェルシーアートカレッジ大学院 
彫刻科でマスターを取得され、美術作家として作品を発表。
一方で、フラメンコギタリストとしても
活動されていらっしゃいます。

小黒:3年ぶりの出演ですが、フラメンコギタリストって
いうよりも日常はタクシーのドライバーだよね。
まだやられているんですか?

若林さん:ちょっとだんだん疲れてきましたが、
頑張って毎日運転しております。

小黒:コロナ禍で音楽活動はどのような感じだったんですか?

若林さん:音楽に関しては小さなお店や
大きめの会場も中止になってしまいました。
ほとんどがお酒を飲む場所で演奏するので
できていませんね…。

ーー若林さんは美術を学ぶため、
1984年にロサンゼルスの
サンタモニカ・カレッジへ。

若林さん:コンセプチュアル・アーティストの
河原温さんが大好きで最初僕はニューヨークへ
行きたかったんです。
ただ、その前に音楽の方でロサンゼルスに
行きました。その頃のロサンゼルスは
ヘビメタブームで日本のバンドの
「LOUDNESS」がアメリカの
カントリークラブで演奏していたので、
僕もみに行きました。

――その後、1987年から3年間マドリッドで、
古典絵画技法の研究をされています。

若林さん:高校を出た後に外国で勉強するのを
自分で決めていました。マドリッドでは油絵の
研究で行ったんですが、そこで知り合ったのが
小黒さんの親友の堀越千秋さんでした。
最初は絵の話しか、堀越さんとは
しなかったんですけど、
ある時堀越さんの家で夕食を食べた時に
『僕はフラメンコギターも興味があって弾いてみたい』
と言ったら奥からギターが出てきたんです。
アルハンブラの思い出…かな、それを弾いたら、
堀越さんが『君、絵なんかやめてフラメンコ
ギターを弾きたまえ!』と言われました。
お互い絵の話をすると真面目な雰囲気になってしまった
ので合わないんですが、フラメンコではお酒の
つまみ感覚でワーっと盛り上がれるので…
そういう意味では音楽の接点があって
よかったですね。

今夜の選曲… アンダルシア(ルンバ) /堀越千秋 feat.若林雅人

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2021年09月28日

森林保全を行う「more treesの森」の活動について伺います。

今週のゲストは、一般社団法人more trees事務局長
水谷伸吉さんをお迎えしています。 
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※リモートでのご出演となります。

ーーmore treesの活動に、森林保全を行う
「more treesの森」があります。   
第一号は2007年11月からスタートした
高知県の梼原町です。 

水谷さん:梼原町を皮切りに国内では
合計16箇所。海外ではフィリピンと
インドネシアの2箇所…合計18箇所で
活動を続けています。

小黒:梼原町では、隈研吾さんが設計を
手掛けた「梼原町総合庁舎」がすごい立派ですね?

水谷さん:まさに隈さんが町役場である
総合庁舎を手掛けたのを皮切りに、
他にも町内に隈さんが設計した
木造建築群が建てられています。
コロナ前では海外からも建築ファンが
梼原町を訪れていたと言います。

小黒:ここで改めて梼原町について
説明していただけますか?

水谷さん:坂本龍馬が土佐藩を脱藩した際の
最後の町ということなんです。
高知空港、松山空港からも2時間くらい
かかってしまう山深い場所です。

ーー一番新しい「more treesの森」は、
国内16カ所目となる奈良県天川村です。

水谷さん:今年に入ってから新たに
森林協定を結んで森づくりを始めています。
天川村の中には洞川(どろかわ)温泉という
温泉街があり、その一角の伐採跡地から
植林活動を始めています。

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2021年09月27日

「都市と地域の関係学」とは?

今週のゲストは、一般社団法人more trees事務局長
水谷伸吉さんをお迎えしています。 
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※リモートでのご出演となります。

――1978年東京生まれ、慶応義塾大学・経済学部卒業後、
株式会社クボタに入社。環境プラント部門に従事された後、
NPO団体でインドネシアでの植林プロジェクトに携わり、
2007年坂本龍一さんが代表を務める森林保全団体
「more trees」の事務局長に就任。
森林保全活動に取り組んでいらっしゃいます。
ここ数年で、海外では、熱波や干ばつの影響で、
森林火災が相次いで発生したり、日本でも
豪雨災害が頻繁に起きるなど、普段の生活の中で、
地球温暖化や、気候変動の影響を実感することも
多いかと思います。水谷さんからみて、
みなさんの環境意識は、高くなったと感じられますか? 

水谷さん:確実に変わってきていると思います。
これまでは数十年に一度の災害が起こって、
何かおかしいな?っていうレベルで感じて
いたかと思うんですけど、ここ数年は
確実におかしいという風に感じるように
なっていると思います。

――明日「more trees」のオンライン講座が開催されます。
受講料無料で、テーマは「都市と地域の関係学」です。

水谷さん:僕らもこれまで国内の色々な地域と
協力関係を結んで森づくりを進めてきました。
そうすると、コミュニティの大事さというのも
感じてきています。日本山村には過疎・高齢化という
共通の社会課題がある中で、移住者や定住者を
増やすのか……もしくは、関係人口を増やしていくか
という視点で地域活性化を図ろうとしている
地域も増えています。
そうした中で全3回の講座を予定しています。
初回・明日のテーマは、森林・林業。
10月4日の2回目は関係人口をテーマに。
10月12日の3回目は文化・民俗という
ことで、国学院大学の新谷名誉教授をゲストに
迎えて、それぞれの切り口で地域との関わりを
考える講座です。
この講座は高知県中土佐町との共同事業で
関係人口をどのように増やすのかが根本の
テーマになっています。
ソトコト編集長の指出さんにも2回目に
ご出演いただけて…ぴったりの人選に
なっております。

詳しい情報はmore treesの
HP
をご確認ください。

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2021年09月22日

鎌倉・長谷で新たにはじめた「憩写真館」とは?

ポエムグラファーの沼田元氣さんをお迎えしています。
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※リモートでのご出演です。

ーー沼田さんは、お母さんの10年間の介護が終わり
次のステップとして「街角の憩写真館」を
オープンされていらっしゃいます。
場所は鎌倉の長谷にある「コケーシカ鎌倉」と同じです。
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小黒:写真スタジオから収録されているんですね。
(※収録中の背景は鎌倉の大仏でした)
パッと見て、普通の写真館と違うのは
わかるんですが改めて違うのがどんな部分か
ご説明いただけますか?

沼田さん:一つは背景ですね。
昔、スマホやカメラが自由に持てなかった時代は
写真館で撮影されていたと思います。
当時のような緊張感を持って楽しい写真館を
やりたいと思いました。
そのために特徴として、白バックだけじゃなく
歩いて5分ではあるんですが、鎌倉の大仏の
背景を作ったりしています。
そして、もう一つのウリとしては
早すぎる遺影の撮影です。
死ぬ前にいい写真を撮りませんか、という
試みをやっています。
値段的には1回1万5千円くらいからと
考えています。
そもそも、母親の写真をたくさん撮っていた
ということで、遺影に全く困りませんでした。
何百枚、何千枚という中から一番いい写真も
選べましたし、そういうふうに元気な時に
遺影を撮ってそれを更新していくような
ライフスタイルを定着させていけたら
いいなと思っているんです。

――憩写真館の営業は土日祝日。
完全予約制になっています。
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沼田さん:背景は銭湯なんかを描いている
ペンキ職人さんに描いていただきました。
CGで簡単に合成ができるのをここで
撮っていただく…そういう体験も含めて、
思い出作りができればなと思っています。
今まで出版社で女優さんやモデルさんなど
著名人を撮ってきました。
今度は、一般の人を撮っていくということで、
考え方としては美しい人というのは実は
どこにでもいて、その美しさを発見
できるのはカメラマンの方なんだと思っているんです。
写真館のコンセプトとしては、写真家と
一般の方…被写体とのコラボだと
考えております。

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2021年09月21日

亡き母の写真集と、こけしの現状について伺います。

ポエムグラファーの沼田元氣さんをお迎えしています。
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※リモートでのご出演です。

沼田さんは、東京生まれ。
80年代に前衛芸術家としてデビュー後、
渡米し、アンディ・ウォーホルに師事。
帰国後は、ポエムグラファーとして雑誌や書籍で
作品を発表されているほか、2009年には伝統こけしと、
マトリョーシカの専門店「コケーシカ鎌倉」をオープン。
雑誌『こけし時代』も発行されています。

――今、コロナ禍なのでコケーシカ鎌倉は
お休みされていますが、憩写真館という
写真館を始められています。

沼田さん:還暦を迎えて母親の介護も
終わって今までずっとやってきた写真を
具現化するという意味で写真館を考えました。

小黒:沼田さんは10年くらいお母さんの介護を
されていましたよね?あなたがすごいのは
その10年間をアートにしちゃったよね。

沼田さん:私は子育てをやってきていないので、
せめて介護は必須かなと思って、今後介護を
する人の参考になればと思って写真集にしました。

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小黒:こけしの話を改めて聞きたいのですが、
ブームになっているのですか?

沼田さん:大惨事こけしブームというのが
この10年くらいありました。
伝統こけしという民芸品としてのブームと
お人形…フィギュアとしてのブーム。
そういうものが重なって可愛いものの
一つとして取り上げられていまして、
引き続きこけしのブームはあります。

――沼田さんはマトリョーシカのルーツが、日本の
こけしであることを踏まえて、雑誌「こけし時代」も
創刊されてます。

沼田さん:伝統こけしの前に、箱根で作られていた
七福神の入れ子細工がロシアに渡って
それが元になってマトリョーシカが
できたというのが有力な説です。
ロシア人はマトリョーシカはロシアの
ものだとナショナリズムから言うんです。
ロシアの民芸は1000年くらいの歴史が
あるのにマトリョーシカは100年くらいしか
歴史がありません。
なので、どこかの誰かがアイディアを
持ち込んだんじゃないかと言われていますし、
博物館に七福神の入れ子細工も展示されています。
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2021年09月16日

戦前歌謡を現代に…目標は面白いCDを作る、というお話伺います。

レーベル「ぐらもくらぶ」主宰、戦前レコード文化研究家の保利透さんをお迎えしています。
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※リモートでのご出演です。

――戦前レコード文化研究家として
活動なさっている保利さんですが・・・
この商売で安定した収入を
得られるようになったいつ頃でしょう?

保利さん:それはぐらもくらぶのレーベルで、
CDを何枚か出してからですね。
復刻版を買う層というのは固まっていますので、
最初は固定客や固定層だったのが、
作っていくうちに余裕が出てへたジャズの
ようなCDを作っていくうちに音マニアの
方にも評価されるようにもなっていきました。

――そのきっかけとなったのはNHKの
朝ドラ「花子とアン」でした。
主人公・村岡花子のレコードを保利さんが
持っていたことから、朗読音源を
使用したCDを企画して話題となりました。

そして、今年中にはG.C.R.管弦楽団で
コンサートを計画されています。

保利さん:大戸蔵録音2020のコンサートを
企画しています。コロナ禍なので規模は
小さいものにはなります。

詳しい情報は、ぐらもくらぶの公式
ブログをご確認ください。
https://gramoclub78.hatenablog.com

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2021年09月15日

風変わりなCD「レコード供養」と「へたジャズ」とは…?

レーベル「ぐらもくらぶ」主宰、戦前レコード文化研究家の保利透さんをお迎えしています。
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※リモートでのご出演です。

――レーベル「ぐらもくらぶ」では他にも
ユニークなコンピレーションアルバムを
発売されています。
その中で昨年リリースされた
「レコード供養」について伺いました。

保利さん:これは去年コロナ禍で
トークライブができなくなり、物販が
できなくなっていました。
ちょっとヤケになった感じもありましたが、
ヘンテコなレコードを集めて一枚の
CDにしました。中には忠犬ハチ公の
鳴き声や降霊術の実況中継、マイクチェックの
様子など…今後CDを制作しようかと
思った時にどこにも入れられない
音源を集めました。

小黒:保利さんの資料を拝見していて
各レコードの内容が事細かに書いてある。
この、毛利眞人さんが書いている内容が
素晴らしく面白かったんですが、
この方はどんな人なんですか?

保利さん:毛利さんは音楽評論家に
なるのかと思いますが、僕と同じような
時代とSPレコードを基調とした
ジャンルを専門としています。

小黒:そのSPレコードは専門店が
あったりするものなんですか?
それとも、個人間での交換会などが
あるのでしょうか?

保利さん:昔は交換会もあったり
レコード店も行ったのですが、コロナの前から
なかなか手に入れることも少なくなりました。
最近は古い道具を扱う道具屋さんから
購入しています。

――2017年には「へたジャズ」という
CDも制作されました。
ジャケットには二人の女性が映っています。

保利さん:これはジャズ喫茶で、次はこの
レコードをかけます!というアナウンスをする
女性がいたんです。その写真をコラージュして
使っています。デザイナーの岡田崇さん
素材だけ送ってこういう形にしていただきました。

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2021年09月14日

レーベル「ぐらもくらぶ」の新作「大土蔵録音2020」について伺います。

レーベル「ぐらもくらぶ」主宰、戦前レコード文化研究家の保利透さんをお迎えしています。
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※リモートでのご出演です。

――保利さんが主宰しているレーベルが「ぐらもくらぶ」です。
蒐集したSP音源を基にコンピレーションCDを
企画・制作してきたわけですが「ぐらもくらぶ」から、
今年7月にリリースされたのが「大土蔵録音2020」です。

保利さん:レコードを集めたり、研究したり復刻したり
しているうちに、こういう音源を再現してみようと
考えたんです。
録音自体は今のデジタル技術を使うんですが、
マイク一本で演奏家や歌手の音を録音したものを
再現したCDになっています。

小黒:Youtubeでレコーディング風景を
拝見したんですけど、曲によって楽器の位置や
演奏者が横を向いたりしてますよね…。
これは保利さんに賛同して集まったメンバーなんですか?

保利さん:私の友達の基幹メンバーがチョイスして
アーティストを集めてくれました。
収録されている曲を選んだのは僕です。
選んだ基準はヒット曲を絶対に選ばない、
ヒット曲はそのイメージが固定されていますから、
このCDのコンセプトとしては、曲を聞いた人に
こういう新曲が出たんですね、と思わせたい。
昔の音が、面白いとか良さを感じたり、
楽しいなって思ってもらいたいです。
色々な方に聞いてもらいたいなという
仕掛けはしていたのですが、もちろん
懐メロが好きな方にも買ってもらいたいです。
やっぱりこのCDはサウンドというところに
着目してもらえるように組んだので、
音響マニアや作曲をされているプロの方、
他にも昔の流行歌の録音の主体はジャズバンド
なので、今で言うトラップジャズが
好きな方に聞いてもらえたらと思っています。

大戸蔵録音2020の収録の様子はYoutubeでご覧いただけます。
https://www.youtube.com/watch?v=yvTRy9oyzI4&t=2s

今夜の選曲…夏の行進曲(海へ山へ)/ 山田参助とG.C.R.管弦楽団

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2021年09月13日

今夜は、戦前のレコード……SP盤の蒐集というお話、伺います。

レーベル「ぐらもくらぶ」主宰、戦前レコード文化研究家の保利透さんをお迎えしています。
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※リモートでのご出演です。

――まず、戦前レコード文化研究家という
肩書きは音楽評論家とは違い、
戦前のSP盤に特化していらっしゃいます。

保利さん:戦前のレコードを研究するのは
昭和史というよりも日本史の研究に近いです。
戦前戦後のあり方はやはり違うので、
音楽のあり方も違ってきます。
それから、SPレコードというのは
昭和30年ごろまで存在していたのですが、
テクノロジーの変化という点も密接に
関係しています。
SP盤の世界というのは、今の人に
説明しないとわからないメディアになっています。
レコードと聞くとLPレコードを
思い浮かべる方が多いですが、
それよりも前のものなんです。

小黒:LPと違う点は回転数ですか?

保利さん:回転数と素材と、録音方法
などが違っている点ですね。

――SP盤の蒐集家でもある保利さん。
今までに集めたSP盤はなんと7000枚!

保利さん:流行歌のレコードをメインと
しつつ、演説のレコードといった録音の
歴史に関するもの。それから、マイナー
レコード会社のレコードなんかも
集めています。マイナーなレーベルの
レコード会社は数えるほどしか
なかったのですが、商標ですね。
商標自体はたくさんあるんです。

小黒:こうしたSPレコードは
どうやって鑑つけるんですか?

保利さん:タイトル買いっていうのも
あります。それから、歴史的な
音源が面白いレコードかなと思うためには
見識が必要になってきます。
例えば、演説をしている人が
どういう人なのか、録音物のタイトルなど
…見識によって選んできます。
あと、音楽の場合は作詞作曲家で
選んできたりします。

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