2021年08月24日

セラピードッグの活動、そしてその育成について伺います。

一般財団法人・国際セラピードッグ協会代表、大木トオルさんをお迎えしています。
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※リモートでのご出演です。

ーー大木さんが設立された
国際セラピードッグ協会について伺いました。

大木さん:基本は捨てられた犬たちや、
震災で家族を失った犬たち、
特に殺処分寸前の犬を救出して
健康を回復させ、
2年半の訓練を受けさせて、
セラピードッグへ育成しています。
高齢者施設での活動が
非常に多く年間延べ1万2000名以上の
認知症の高齢者などの患者さんを
受け持っています。
他にも障がいをお持ちの方や、
がんの延命を望む方へセラピードッグを
通しての動物介在療法を行っています。
国際セラピードッグ協会では殺処分する
犬たちを救ってセラピードッグに
育成するという特殊なやり方を
なんとかできたので、殺処分はまずいぞと
皆さんが思ってくれるようになったと
思っております。

小黒:これまで国際セラピードッグ協会で
育てた犬は何頭くらい?
今、現役の犬は何頭くらいなんでしょうか?

大木さん:今、現役犬が31頭です。
今まで実際に救出して私の元で
立派になった子達は280近く
いますね。今も救出と育成を
しています。

ーー「動物介在療法」という療法に
ついて伺いました。

大木さん:「動物介在活動(Animal Assisted
Activities)」というものが
ありますが、こちらは一般の愛犬でも
癒されていろんな人を楽しませることを
指しております。
一方「動物介在療法(Animal
Assisted Therapy)」は医療の現場で
医師たちと一緒にプログラムを考え
癒しだけでなく、健康回復、病気の回復、
リハビリの促進に大きく貢献していきます。
医療現場が活動の場ですから、
しっかりとした教育を受けないと
赤十字のチョッキは着られないです。

今夜の選曲…SHOUT / 大木トオル & NEW YORK ALL STARS

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2021年08月23日

保護者を失った犬を殺処分から救い、セラピードッグに育成する活動とは?

一般財団法人・国際セラピードッグ協会代表、大木トオルさんをお迎えしています。
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※リモートでのご出演です。

ーー大木さんは、東京・日本橋生まれ。
1976年に渡米され全米ツアーを
成功させるなど、ブルースシンガーとして
活動する一方で、国際セラピードッグ協会の
創始者として捨て犬達を
セラピードッグに育成、
「動物介在療法」の普及を、
45年にわたり行っていらっしゃいます。
まずは、この活動を始めるきっかけに
ついて伺いました。

大木さん:私自身が犬に子供の時に
救われた人生だったんです。
私は吃音を持っていて、言葉が
不自由だったんです。
いつも犬と過ごしていて
犬に救われたという時代が多く
犬との関係性がより深く
自分の人生の中にあるんです。
70年代にアメリカにブルースシンガー
として渡るんですが、大きな仕事が
すぐにできるわけではないので、
時間がある時にアメリカの動物愛護に
ついて学び、セラピードッグという
世界に出会い、高齢者施設を
訪ねるようになり、アメリカの
社会貢献をする犬たちと出会って
いったんです。
その犬たちが人を助ける姿に感銘を
受けて、今もセラピードッグに
関わるようになっています。

小黒:ニューヨークに住んでいた
大木さんから見ても、やはり日本は
特殊なんですか?

大木さん:世界の経済大国と言われる
国の中で、犬や猫の殺処分を行っている
というのは大きな汚点です。
動物愛護の法律があるんですが、
日本はそれが遅れていて、私は
日本の動物愛護は世界から
50年遅れると思っています。
73年に動物愛護法が成立して、
その時代から捨て犬、捨て猫の
殺処分という問題にぶつかりました。
アメリカの動物愛護団体の皆さんが
日本のその殺処分について
『日本には犬や猫のアウシュビッツがある』
と、非常にバッシングを受けました。
それがきっかけで、日本公演に来る
度に日本での地獄のような殺処分の
現状を見ました。

今夜の選曲… The Dock Of The Bay / 大木トオル & NEW YORK ALL STARS

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2021年08月19日

全国に広まる、映画「太陽と踊らせて」の公開というお話です。

映画監督のリリー・リナエさんをお迎えしています。
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※リモートでのご出演です。

ーーリリーさんはニューヨークの
ブルックリンに映像プロダクションを
設立されています。

リリーさん:去年、コロナで日本に
帰国してから日本でテレビ番組も入れて
ドキュメンタリーを20本くらい
作っています。テレビはルールが多いのと、
完全に自分の作品とは言えない…
広く万人に受けるものを作るっていう
ものなので、テレビはテレビの
作り方として捉えています。
映画に関しては、100%自分の好きな
世界観を出そうというイメージです。

ーー今週紹介しましたリリー・リナエさんの
監督作品「太陽と踊らせて」が
新宿K's cinema、UPLINK吉祥寺、
小山シネマロブレで上映中です。
上映スケジュールは変更の可能性もありますので、
映画公式HPをご確認ください。

リリーさん:とにかく主人公のジョンが
自由な人生を生きている。
人生って好に生きてもいいんだなっていう。
ずっと働き詰めじゃなくても、たまには
人生を謳歌する時間があっても
いいんじゃないかなって思えると
思います。行き詰まっている人や
明日会社行きたくないなと思った
時があったらこの映画を見に
行ってもらいたいです。

今夜の選曲… LILIES OF THE VALLEY / 三宅純

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2021年08月18日

音楽と映像とニューヨークと…というお話伺います。

映画監督のリリー・リナエさんをお迎えしています。
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※リモートでのご出演です。

ーーリリーさんのお生まれは、台湾西南部の
台南市。育ったのはご両親が薬局を営んでいた
新宿歌舞伎町です。
音楽を好きになったきっかけはお兄さんが
聞いていたアンダーワールドや
ケミカルブラザーズ…そのMVを
見て映像の世界を志すようになります。

リリーさん:18歳の時に大学の映像シナリオ
研究会というサークルに入っていました。
当時テクノのミュージックビデオが
一番最初に作ったのは、2004年。
iPodのCMがすごくかっこよくて、
真似をした映像を作っていきながら、
編集という仕事が好きになっていきました。

ーーリリーさんはその後、就職したのは
徳島県のテレビ局に入社されます。

リリーさん:地方で即戦力が必要だったので
入ってすぐにディレクターをやらせて
もらえました。
ただ、ディレクターしかやっていないと
見積書などの書き方がわからなかったんです。
編集はできても社会人としても常識が
全くない。なので、プロデューサーを
やろうと思って、3年で広告代理店に
転職しました。

小黒:その後、ニューヨークを目指したのは
どういうきっかけがあったんですか?

リリーさん:元々20代は会社員で勉強して
30代では自分のやりたいことをやりたいと
思っていました。
最初は学生ビザで入って、半年後からは
アーティストビザに切り替えて、
現地のフジテレビのディレクターや
小さなドキュメンタリーを撮ったり
していました。
結構、私はインタビューが好きなんです。
すごく長い人の人生を10分とかにキュッと
短くまとめるとそれを見た人はすごく
お得だと思うんです。
その人の人生の知識が10分で獲得できるって。
普通だったら知り得ない人の情報を
短くして伝えられるのは面白いなと
思ってやっていました。

今夜の選曲… THIS IS HOW WE WALK ON THE MOON / JOSE GONZALEZ

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2021年08月17日

映画「太陽と踊らせて」、その舞台でもあるイビサ島について伺います。

映画監督のリリー・リナエさんをお迎えしています。
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※リモートでのご出演です。

ーー長編映画初監督作品「太陽と踊らせて」の制作においての苦労などを伺いました。
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リリーさん:2017年に20代まで働いて
いた時の貯金、300万円を使って
デモ映像をイビサ島に撮りにいきました。
その映像を元に、私の本気を見せて
クラウドファンディングをしました。
結局400万円を集めることができました。
撮影自体は400万円くらいで抑える事が
できたんですが、その倍以上にかかって
いるのは音楽の著作権なんです。
ものすごい曲数、劇中で使っているんですが
アメリカで作った映画なので”フェアユース”
という法律を使いました。
これは、映画のテーマが歴史的な背景の
説明や文化的背景の説明…主人公を
説明するのに必要な情報であれば、
お金を払わなくていいというルールの元、
楽曲を使用しました。

小黒:リリーさん、撮影のときには
どのくらいイビサ島に滞在したり
していたんですか?

リリーさん:2017年から行ける時は
イビサに行っていました。
一番長くて、1ヶ月ほど滞在しました。
イビサは5月にオープンして、10月に
クローズする島です。5月のオープニング
には世界中からDJがやってきてその年の
イビサを祝います。
6、7、8、9とパーティシーズンが訪れて
10月の末にクロージングに終わりを祝います。

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2021年08月16日

映画「太陽と踊らせて」とバレアリックミュージックについて伺います。

映画監督のリリー・リナエさんをお迎えしています。
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※リモートでのご出演です。

ーー長編映画初監督作品「太陽と踊らせて」が公開中。
地中海のイビサ島で25年間DJを続けている
ジョン・サ・トリンサを追いかけた
ドキュメンタリーになります。
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リリーさん:彼を2011年に初めてイビサ島に
行ったときファンになったんです。
日本に帰ってからもインターネットラジオで
彼のラジオとかを聞いてどんどん好きに
なっていきました。
その好きが爆発してドキュメンタリー映画を
撮りました。

小黒:イビサ島って、夜のディスコで
ダンスってイメージだけど、彼は
昼間に浜辺で曲を流していて、
それで世界中から彼のDJ目当てに
きている…こんなイビサ島の光景も
結構あるんですか?

リリーさん:メインシーンは夜の11時から
朝の10時くらいまでやっているんですが、
そっちはクラブミュージックが主です。
ジョンさんがやっているのは、チルアウト
ミュージック…夕日に似合う音楽とか
景色が気持ちいい音楽。
そういうのを流すDJはイビサ島には
何人かいます。そういうDJのことを
バレアリックDJと言います。
この、バレアリックミュージック
というのは形容できないものを
音楽で形容するというものです。
端的にいうと、いかに夕日に似合うか
いかに気持ちを動かすような
メロディアスな音楽かという
ことなんですね。

ジョンさんはクラシックだったり、
ジャズ、アラビックやテクノ、ハウス…
ロックというふうにありとあらゆる
ジャンルを一つにミックスして
一本の物語のようにするのが
特徴です。

ーーリリーさんが昔から聞いている
ジョンさんのラジオ局、
イビサ・ソニカ・ラジオ
以下のHPからお聞きいただけます。
https://ibizasonica.com

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2021年08月11日

企画・監修された体験型展覧会「色覚を考える展・ヒトと動物の色世界」について伺います。

東京工芸大学芸術学部インタラクティブメディア学科教授・
色の国際科学芸術研究センター長の野口靖さんをお迎えしています。
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※リモートでのご出演です。

ーー現在、三軒茶屋のキャロットタワーの
3階にあります「生活工房ギャラリー」で
野口先生が企画・監修された体験型展覧会
色覚を考える展・ヒトと動物の色世界」が、
8月29日まで開催されています。

小黒:特に面白かったのが、
人の新生児の色覚の獲得について教えて
いただけますか?

野口先生:これは中央大学の、
山口先生の研究室に協力していただき
製作しました。通常、新生児から
2ヶ月までは外の様子が見えていないんです。
色自体も2ヶ月くらいまでには
赤や緑系統の色が見えてきて、
3ヶ月から4ヶ月で青から黄色が
見えてくると言われています。
大体、4ヶ月以降は色に関しては
成人に近いんですが、視力は
生後4ヶ月で0.3、8ヶ月で0.6と
言われてますので生まれてから
しばらくは本当にぼやけていると
研究成果から言われています。

小黒:あと、ミツバチの色覚は
人間と違うということなんですか?

野口先生:ミツバチは紫外線を
みることが出来ます。
人間には見えてないものですが、
紫外線を見ることで花の中心にある
蜜が見つけやすくなっていると
言われています。
今回の展示を通して、人間が見ている
世界は色々な動物が見ている世界の一つ
だというのがわかり、世界が多様だ
というのがわかりました。
そういう多様性は大事にして
いかなくちゃいけないと思いますね。

今夜の選曲… SOYLENT GREEN / TIN PAN

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2021年08月10日

東京工芸大学で「色」について研究しているお話、伺います。

東京工芸大学芸術学部インタラクティブメディア学科教授・
色の国際科学芸術研究センター長の野口靖さんをお迎えしています。
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※リモートでのご出演です。

ーー野口先生が教鞭を取られている
東京工芸大学
工学部と芸術学部の2学部から成り立っています。

野口さん:研究内容は多岐にわたっています。
工学部と芸術学部の融合を一つのテーマに
している大学なので、色々な研究テーマがあります。
例えば、色と心理、感情と言った心理学的な研究。
色と健康、文化財、建築、光学素子、
デバイス開発など様々な研究がされています。

小黒:ちなみに、こう言った研究をしている
大学って結構あるんですか?

野口先生:僕が知る限りでは日本国内では
ほとんどないという風に聞いていますね。

ーー現在、三軒茶屋のキャロットタワーの
3階にあります「生活工房ギャラリー」で
野口先生が企画・監修された体験型展覧会
色覚を考える展・ヒトと動物の色世界」が、
8月29日まで開催されています。
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野口先生:この展覧会は
地球上の生き物がどういう色世界を
みているのか、科学的な研究成果を
元に再現した展示になっています。
人は3つの水晶体
イヌは2種類の光センサーで色を認識していますし、
ミツバチは紫外線も見ることができています。
持っています。
さらにヒトでも色々なタイプな色覚が存在するんですが、
こうした研究成果を元にして、生き物の色覚を
再現するためにアートとテクノロジーを
駆使した体験型展示…具体的に言えばヒト以外の
色覚をみれるようにVR映像で動物の色覚を
見ることができるような、そう言った展示を
行っています。

今夜の選曲… DYE THE WATER GREEN / BIBIO

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2021年08月05日

登山家ならではの視点で考える「災害支援」とは?

アルピニスト・野口健さんをお迎えしています。
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ーー2016年の熊本地震の時には
災害支援も行われています。

野口さん:あの活動は
山を登っている人間の活動なんです。
例えば、東日本大震災の時には
薄い毛布だけ配られて被災者の方が
避難所で震えている映像を見ました。
僕もなんどか遭難したことがあるんですが
ビバーク…野営をして、テントに
帰れない夜ってクレバスの底で
眠るんですが、寒すぎちゃって
寝れない夜が長く感じるんです。
もう何時間も経ったかなと思って
時計を見ると15分くらいしか
経ってない。それが何時間も続くと
メンタルがやられていくんです。
やっぱり被災者の方も、疲れ切った
中で避難所にいる…夜くらいは
あったかくなきゃなと思った時に
寝袋を思いついたんです。
トラック一個でたくさん運べるし、
寝るときはジッパーを閉めて
暖かくなる…そこから活動が始まりました。

熊本地震の際に問題になったのは、
車中泊です。避難所があるのに、
車中泊が多かったんです。
余震で避難所の天井が落ちたという
側面もありました。
建物があってもダメだっていう時に、
思いついたのがテントでした。
エベレストのベースキャンプを
イメージして長期滞在するのに
快適な空間を演出するんです。
それで出来たのがテント村なんです。

小黒:今回の新しい本
で野口さんは
『小さなコツを積み重ねれば、
必ず大きなコツになる』
大胆な野口健らしくないなと
思ったんですが、コツコツコツという
のは登山家として覚えた習性なんですか?

野口さん:高校の時に初めて
富士山を登った時に、下から見ると
すごく大きかったんです。
本当に登れるかとも思いました。
一歩なんて、1mもない。
でも、その1mずつを右足、左足と
続けていったら登れてしまった。
それがとても印象的だったんです。
去年の7月に、久しぶりに八ヶ岳に
登った時に、その感覚を思い出して
一歩一歩の積み重ね…
山ってコツコツなんですよ。
地道な積み重ねなんです、
コツコツの中に小さいコツが沢山ある。
特に僕らって小さいコツを
バカにすると山に殺されてしまう。
あとがきに書いたのはふと、
そんなことを思ったからなんです。

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野口健さんの最新著書
登り続ける、ということ。 
山を登る 学校を建てる
災害とたたかう
」が、
学研プラスから発売中です。

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2021年08月04日

ヒマラヤでの植林活動『ヒマラヤに森を作ろうプロジェクト』について伺います。

アルピニスト・野口健さんをお迎えしています。
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ーー野口さんの活動は他にも!
「ヒマラヤに森を作ろうプロジェクト」は
今年で5年目になるプロジェクト。
始めたきっかけとは?

野口さん:ネパールは木を切って
薪にしたり、中国に売ってしまったりする。
ずっと斬りっぱなしで植えるという
文化がないんです。現地の人も
森を作ってくれって声はあったんですけど
専門知識もないし難しいと思っていたんです。
住友林業の会長さんと対談をした時に、
その話をぽろっとしちゃったんです。
そしたら会長さんが
『マナスルは日本隊が初めて登った
山じゃないですか!』と言うわけですよ。
『我々住友林業は世界中で森を作っている。
マナスルに日本隊が世界で初めて登った
時に、我々は戦後という言葉が終わった。
その麓で我々の技術で森が
できたら素晴らしい!』
と、話に乗っちゃったんです!
そのまま住友林業の専門家も紹介して
もらって、その方も『夢がありますすね!』
と目をキラキラさせてしまって。
彼はサマ村まで通ってくれて何年も
かけて土壌調査をしてくれました。
かつて森があった土壌の中に木の菌が
少しでも残っていれば再生しやすいん
ですって。それを調べたら菌があった!
お寺の周りには木が残っているので
そこのタネを採取して、苗木センターを
作ってみたら育ってそれで5万本やろうと
なってこの後さらに5万本やろうと
なって村人みんなでやっています。

小黒:でも、苗木を植えてもヤクが
食べちゃうんでしょう?

野口さん:それが大変で。
ヒマラヤにいるウシで乳を絞ったり、
キャラバンの荷物を運んだりするんです。
貴重な生き物なんですけど放牧してる
訳じゃないですか、
何年もかけて育つ苗木を食べてしまう。
ヤクは本当に苦労しました。

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