カナダの映像産業は、何十億も投資されている─その背景にある「エコシステム」と事例に迫る
J-WAVE for BUSINESSではプロモーション事例などを多数掲載しております。ぜひご覧ください。
企画書ダウンロードはこちら >>
J-WAVEが2022年10月21日(金)からの3日間で開催した、テクノロジーと音楽の祭典「J-WAVE INNOVATION WORLD FESTA 2022」(通称イノフェス)。初日はビジネスパーソン向けにウェビナーを実施した。
講演の一つである「クリエイティブが切り拓く未来~カナダから世界へ」と題したトークを、ここではテキストで紹介する。
(J-WAVE NEWS編集部)
中でも、「ノース・ハリウッド」と呼ばれているブリティッシュコロンビア州バンクーバー市は、映画産業の本場米国ハリウッドとの距離も近く、街並みが似ていることからロケ地になることも多い。映像制作に欠かせない高度な撮影技術やインフラも整備されている。才能のある俳優や技術者が集まってくるだけでなく、舞台裏では、何千人ものキャストとクルー、地元企業やコミュニティが、映画・テレビ・アニメーション・AR(拡張現実)/VR(仮想現実)などのVFX産業を支えている。その結果、カナダの映像産業は、何万人もの雇用を生み出し、毎年何十億もの投資を呼び込むことに成功している。それこそが、カナダが生みだした「エコシステム」だ。
「イノフェス」では、そんなカナダから、マドンナや安室奈美恵ファイナルツアーのライブ演出を手掛けたことでも知られるモーメント・ファクトリーの共同創設者ドミニク・オーデット氏、東京支社のクリエイティブディレクター メリッサ・ワイゲル氏を迎えた。株式会社ソニー・ミュージックソリューションズ遠藤陽市氏と共に、モーメント・ファクトリーの成長の軌跡や今後の展望を聞いた。
日本オフィスの設立は、2017年。「アジアに拠点を持つなら、まずは日本にという強い想いがあった」と話すのは、共同創設者のオーデット氏だ。
「子どもの頃から、日本のアニメ、プレイステーション、ゲームが身近にあった。任天堂、セガなどのゲーム企業、ソニー、パナソニックなどのテック企業のイメージもあり、日本のコンテンツや製品から大きなインスピレーションを得ていた」と語る。
モーメント・ファクトリーのパートナー企業として、日本での事業開発や展開の構想をサポートしているのが、株式会社ソニー・ミュージックソリューションズの遠藤氏。オーデット氏と遠藤氏は、北海道の阿寒湖を訪れた際に出会ったアイヌの人々から大きなインスピレーションを得て、「カムイルミナ」というアイヌ民族のプロジェクトを開始した。
世界中には、マイノリティと呼ばれる原住民族の方がいる。カナダにも先住民がいることから、オーデット氏は、アイヌの人々にシンパシーを感じたという。彼らが抱える社会課題に意識を向けたことで、ただアイヌ文化を紹介するだけではなく、ビジネスに転換できる価値を生み出すプロジェクトを実現した。遠藤氏も、アイヌの人々の文化や言語に感銘を受けたそうだ。
そして完成したのが、1時間のインスタレーション作品。訪れた人が、夜、森の中を歩きながら、アイヌの歴史や物語をより深く知ることができる。日本での「カムイルミナ」プロジェクトをきっかけに、カナダの先住民や世界中の先住民族が抱える社会課題にもアプローチしている。
東京支社のワイゲル氏は、「東京は、たくさんのサイネージやスクリーンが広告を映し出している。駅構内のようなストレスレベルの高い過密な場所を色彩で覆うことで、人々に色彩がもたらす力を感じてもらいたかった。例えば、その場所を通ることで、気持ちが和らいだり、落ち着いた気分になったり、すべての人が本来持つアーティスティックな感覚に気づいてもらえたら」とプロジェクトへの想いを語った。
遠藤氏は、「公共空間に投資することは非常に難しいこと」とした上で、「毎日通勤などで通る人々に気持ちよく通ってもらう、この街に住んでいてよかったな、働いていてよかったなというローカル・プライドを感じてもらうことで、最終的にはクライアントのJR東日本さんにもその価値が還元されていくユニークなプロジェクトだった」と振り返る。
モーメント・ファクトリーのミッションは、いかに新しいテクノロジーを活かした演出をしていくか。特に、開催国ならではの独自性や新しい技術を世界中の人々に見せたいという大きなプレッシャーの中で、AR/XR、Mixed Reality(複合現実)などの技術を実現していくことは、大きなやりがいを感じるプロジェクトだったそう。
「どのクリエイティブチームにおいても、オリンピックのような大きなプロジェクトにかかわることは光栄なこと。ギリギリまで無観客/有観客にするかが決まらず、難しいタイミングの中、プロジェクトを進めることは大きなチャレンジだった。
閉会式後の感想やコメントには、『光の粒は、ドローンが使われていたのではないか?』と間違った憶測がされていて、最初は人々に理解されなかったとがっかりしたけれど、ある意味『新しいことをしたからこそ判らなかった』とも捉えることができて、それこそが、新しいことにチャレンジした大きな成果だったと思う」とワイゲル氏は振り返る。
「モーメント・ファクトリーは、物語を語るのが好きで、新しいことに挑戦するのが好きで、常に創造性とテクノロジーのバランスを保つことを楽しんでいる。今後も日本でたくさんのプロジェクトに関われることを願っている」(オーデット氏)と日本でのプロジェクトにも意欲的だ。
カナダ政府は、映画・アニメ・ゲーム産業への投資を促し、イノベーションを推進するエコシステムを構築している。特にバンクーバー市は、40年以上にわたり積み上げてきた映画産業などの経験・ノウハウの蓄積があり、同産業のハブになっている。日本企業ともコラボレーションすることで、様々なイノベーションの可能性を探っているそうだ。
またカナダ政府は、税制優遇をはじめ、スタートアップ企業への支援を提供している。さらに多様性を重んじる移民政策がすでに浸透していて、街の安全性や高い生活のクオリティーから、世界中の才能ある人々がカナダに移住してくるエコシステムが形成されつつある。
「今後はシリコンバレーのように1か所に人が集まり、中央集権型でプロジェクトを進めるのではなく、世界中の様々な場所に住んでいる人々がプロジェクトに関わっていく体制のハブになっていくことが大切。カナダは今まで、大人しく、礼儀正しく、引っ込み思案だったけれど、ここ数年で前にでていく姿勢に変わってきた」とバーガー氏は話す。
例えば、「グラビティ」というメタバース・ショッピングのサービスは、メタバース上でのショッピング体験とは思えない、実際に店舗を訪れて買い物をする体験と同じレベルのリアリティを再現している。
「今後、この分野のテクノロジーはARが中心になってくる。ARは、様々な業界をまたいで横断的に進化していくと思う。スマホなしの生活が考えられないように、次第にモニターやデバイスがなくなり、ARが当たり前の生活になっていくだろう。例えば、メガネ型のデバイスをかけると、現実世界の上にレイヤーが現れて、実際には存在しない様々なものが見え、さらに言えば、メタバースとつながることで、例えば、ロンドンに住んでいる友だちと一緒に月で映画を観るなんてことも可能でしょうし、ナビのように、どこを歩いていったらよいか実際の道の上に矢印が浮き出るような映像表現が可能になってくる」
また、カナダと日本の親和性にも言及。「日本政府がメタバースへの投資を表明したように、この分野のアイデアが事業になっていく、経済成長を生み出していく兆候だと思う」とし、「カナダにも日本企業が進出しているし、日本にもモーメント・ファクトリーのような先端企業の拠点がある。それをきっかけにみんなが繋がることで、よい大きなイノベーションを生み出し、エコシステムを形成していきたい」とバーガー氏は語った。
(構成=反中恵理香)
講演の一つである「クリエイティブが切り拓く未来~カナダから世界へ」と題したトークを、ここではテキストで紹介する。
(J-WAVE NEWS編集部)
何十億の投資を生み出す、カナダの「エコシステム」とは?
「テクノロジーとカナダって何の関係があるのだろう?」と思う人が多いかもしれない。 実は、Netflix やディズニーなどの世界最大級のコンテンツ企業の数々の映画やドラマシリーズは、カナダで生み出されているのだ。中でも、「ノース・ハリウッド」と呼ばれているブリティッシュコロンビア州バンクーバー市は、映画産業の本場米国ハリウッドとの距離も近く、街並みが似ていることからロケ地になることも多い。映像制作に欠かせない高度な撮影技術やインフラも整備されている。才能のある俳優や技術者が集まってくるだけでなく、舞台裏では、何千人ものキャストとクルー、地元企業やコミュニティが、映画・テレビ・アニメーション・AR(拡張現実)/VR(仮想現実)などのVFX産業を支えている。その結果、カナダの映像産業は、何万人もの雇用を生み出し、毎年何十億もの投資を呼び込むことに成功している。それこそが、カナダが生みだした「エコシステム」だ。
「イノフェス」では、そんなカナダから、マドンナや安室奈美恵ファイナルツアーのライブ演出を手掛けたことでも知られるモーメント・ファクトリーの共同創設者ドミニク・オーデット氏、東京支社のクリエイティブディレクター メリッサ・ワイゲル氏を迎えた。株式会社ソニー・ミュージックソリューションズ遠藤陽市氏と共に、モーメント・ファクトリーの成長の軌跡や今後の展望を聞いた。
社会課題にもアプローチする「カムイルミナ」プロジェクト
モーメント・ファクトリーは、2001年創業。ケベック州モントリオール市を拠点に、世界5か所にオフィスを持つ。セットデザイン、音響デザイン、ビジュアルデザインなど多岐にわたるデザインを1つの企業で実現するマルチメディア・エンタテインメント・カンパニーだ。日本オフィスの設立は、2017年。「アジアに拠点を持つなら、まずは日本にという強い想いがあった」と話すのは、共同創設者のオーデット氏だ。
「子どもの頃から、日本のアニメ、プレイステーション、ゲームが身近にあった。任天堂、セガなどのゲーム企業、ソニー、パナソニックなどのテック企業のイメージもあり、日本のコンテンツや製品から大きなインスピレーションを得ていた」と語る。
モーメント・ファクトリーのパートナー企業として、日本での事業開発や展開の構想をサポートしているのが、株式会社ソニー・ミュージックソリューションズの遠藤氏。オーデット氏と遠藤氏は、北海道の阿寒湖を訪れた際に出会ったアイヌの人々から大きなインスピレーションを得て、「カムイルミナ」というアイヌ民族のプロジェクトを開始した。
世界中には、マイノリティと呼ばれる原住民族の方がいる。カナダにも先住民がいることから、オーデット氏は、アイヌの人々にシンパシーを感じたという。彼らが抱える社会課題に意識を向けたことで、ただアイヌ文化を紹介するだけではなく、ビジネスに転換できる価値を生み出すプロジェクトを実現した。遠藤氏も、アイヌの人々の文化や言語に感銘を受けたそうだ。
そして完成したのが、1時間のインスタレーション作品。訪れた人が、夜、森の中を歩きながら、アイヌの歴史や物語をより深く知ることができる。日本での「カムイルミナ」プロジェクトをきっかけに、カナダの先住民や世界中の先住民族が抱える社会課題にもアプローチしている。
「この街に住んでいてよかった」人々の想いをクライアントに還元する
東京・新宿では、空間と統一性のある色彩、照明、映像、音響を連動させ、五感を刺激するアート・インスタレーション「カラーバス(=色彩に包まれる)」プロジェクトをJR東日本と共に実施した。東京支社のワイゲル氏は、「東京は、たくさんのサイネージやスクリーンが広告を映し出している。駅構内のようなストレスレベルの高い過密な場所を色彩で覆うことで、人々に色彩がもたらす力を感じてもらいたかった。例えば、その場所を通ることで、気持ちが和らいだり、落ち着いた気分になったり、すべての人が本来持つアーティスティックな感覚に気づいてもらえたら」とプロジェクトへの想いを語った。
遠藤氏は、「公共空間に投資することは非常に難しいこと」とした上で、「毎日通勤などで通る人々に気持ちよく通ってもらう、この街に住んでいてよかったな、働いていてよかったなというローカル・プライドを感じてもらうことで、最終的にはクライアントのJR東日本さんにもその価値が還元されていくユニークなプロジェクトだった」と振り返る。
東京オリンピック閉会式「光の粒」演出の舞台裏
ライブ・コンサートをはじめ、様々な演出に関わっているモーメント・ファクトリー。大きな話題を呼んだ東京オリンピック閉会式の「光の粒」の演出もモーメント・ファクトリーのプロジェクトだ。The Olympic spirit is in all of us.
— The Olympic Games (@Olympics) August 8, 2021
A display of beautiful, luminous colours swirl together, representing the many flags of the world.
They form the Olympic Rings, a timeless symbol of unity. #StrongerTogether #Tokyo2020 #ClosingCeremony pic.twitter.com/38dv0e0w98
「どのクリエイティブチームにおいても、オリンピックのような大きなプロジェクトにかかわることは光栄なこと。ギリギリまで無観客/有観客にするかが決まらず、難しいタイミングの中、プロジェクトを進めることは大きなチャレンジだった。
閉会式後の感想やコメントには、『光の粒は、ドローンが使われていたのではないか?』と間違った憶測がされていて、最初は人々に理解されなかったとがっかりしたけれど、ある意味『新しいことをしたからこそ判らなかった』とも捉えることができて、それこそが、新しいことにチャレンジした大きな成果だったと思う」とワイゲル氏は振り返る。
「モーメント・ファクトリーは、物語を語るのが好きで、新しいことに挑戦するのが好きで、常に創造性とテクノロジーのバランスを保つことを楽しんでいる。今後も日本でたくさんのプロジェクトに関われることを願っている」(オーデット氏)と日本でのプロジェクトにも意欲的だ。
カナダ政府のエンタメ産業への支援は?
トーク後半では、カナダのイノベーションへの支援策、スタートアップの企業事例を聞くべく、バンクーバーVR/AR 協会会長でもあるFrontier Collective 共同創設者・CEOダン・バーガー氏を迎えた。またカナダ政府は、税制優遇をはじめ、スタートアップ企業への支援を提供している。さらに多様性を重んじる移民政策がすでに浸透していて、街の安全性や高い生活のクオリティーから、世界中の才能ある人々がカナダに移住してくるエコシステムが形成されつつある。
「今後はシリコンバレーのように1か所に人が集まり、中央集権型でプロジェクトを進めるのではなく、世界中の様々な場所に住んでいる人々がプロジェクトに関わっていく体制のハブになっていくことが大切。カナダは今まで、大人しく、礼儀正しく、引っ込み思案だったけれど、ここ数年で前にでていく姿勢に変わってきた」とバーガー氏は話す。
カナダが誇る世界一のVFX産業
カナダは世界一のVFX産業のポテンシャルがあり、VR/AR分野やWeb3のリーディング・ハブでも多くのスタートアップ企業が生まれている。出典:クリエイティブが切り拓く未来~カナダから世界へ~資料
「ARが当たり前の生活」になっていく
メタバースの市場規模は2030年には、13兆米ドル(およそ2,000兆円)になると言われている。バーガー氏は、「メタバースの展開はまだ序盤で、今後はインターネットの3D化という文脈で我々の生活に入ってくるだろう」と予想する。「今後、この分野のテクノロジーはARが中心になってくる。ARは、様々な業界をまたいで横断的に進化していくと思う。スマホなしの生活が考えられないように、次第にモニターやデバイスがなくなり、ARが当たり前の生活になっていくだろう。例えば、メガネ型のデバイスをかけると、現実世界の上にレイヤーが現れて、実際には存在しない様々なものが見え、さらに言えば、メタバースとつながることで、例えば、ロンドンに住んでいる友だちと一緒に月で映画を観るなんてことも可能でしょうし、ナビのように、どこを歩いていったらよいか実際の道の上に矢印が浮き出るような映像表現が可能になってくる」
また、カナダと日本の親和性にも言及。「日本政府がメタバースへの投資を表明したように、この分野のアイデアが事業になっていく、経済成長を生み出していく兆候だと思う」とし、「カナダにも日本企業が進出しているし、日本にもモーメント・ファクトリーのような先端企業の拠点がある。それをきっかけにみんなが繋がることで、よい大きなイノベーションを生み出し、エコシステムを形成していきたい」とバーガー氏は語った。
(構成=反中恵理香)
- INNOVATION WORLD FESTA 2022
- イノフェス
- エンタメ
- カナダ
- テクノロジー