Let's travel! Grab your music!
Theme is... VIETNAM
『Travelling Without Moving』=「動かない旅」をキーワードに、
旅の話と、旅の記憶からあふれだす音楽をお届けします。
ナヴィゲーターは世界約50ヶ国を旅した野村訓市。
★★★★★
番組前半はリスナーの皆さんからお寄せ頂いた旅のエピソードと、
その旅に紐付いた曲をオンエア!
そして、後半のテーマは「ベトナム」。
先日、訓市が久しぶりに訪れた「ベトナム」で過ごした時間、
その地で感じたパワー、そして、現地でのエピソードや食について語ります。
★★★★★
番組では皆さんの「旅」と「音楽」に関する
エピソードや思い出のメッセージをお待ちしています。
ドライブ旅で聴いた曲なども教えてください。
旅に紐付いた「リクエスト曲」をオンエアさせていただいた方には
図書カード1,000円分をプレゼントします!
3曲セットの「ミュージック・ストリーム」セレクションでもOK!
番組サイトの「Message」から送信してください。
手書きのハガキ、手紙も大歓迎!
日曜日の夜に聴きたい「ゆったりした曲」をゼヒお願いします。
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
宛先は・・・
〒106-6188
株式会社 J-WAVE
antenna* TRAVELLING WITHOUT MOVING 宛
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
MUSIC STREAM
動かなくても旅はできる。
ミュージック・ストリームに
身をゆだねてください。
Trouble / Lindsey Buckingham
フリートウッド・マックのギタリストとして活躍したリンジー・バッキンガムがバンド活動と並行して1981年にリリースしたソロ・アルバム『Law & Order』に収録されている曲です。
Belle / Al Green
アメリカの黒人男性シンガー、アル・グリーンが1977年にリリースしたアルバムのタイトル・トラックです。
It Ain't Over Till It's Over / Lenny Kravitz
1991年にリリースされた2枚目のアルバム『Mama Said』に収録されている曲で、当時、日本のFMラジオ局でもヘヴィー・プレイされました。
When You Gonna Wake Me Up / Natural Calamity
ギタリストの森俊二を中心としたユニット、ナチュラル・カラミティーの2003年作品、『Night Is Indigo』に収録されている曲です。
Happy Trainl / 大橋トリオ
シンガー・ソングライター大橋好規によるソロ・ユニット、大橋トリオが2008年にリリースしたアルバム『This Is Music』に収録されている曲です。
Save A Prayer / Duran Duran
イギリス出身で、1980年代前半に日本を含め世界的に人気を博したバンド、デュラン・デュランが全盛期に当たる1982年にリリースして大ヒットを記録した曲です。
The End Of The World / Skeeter Davis
アメリカのカントリー・シンガー、スキータ・デイヴィス最大のヒットを記録した1963年の曲で、日本語のタイトルは「この世の果てまで」。
L'amant / Gabriel Yared
レバノン出身、フランスで活躍している作曲家で、数多くの映画作品を手掛けているガブリエル・ヤレド。1992年の映画『愛人 / ラマン』のサウンド・トラックです。
The Captain Of Her Heart / Double
スイスの男性デュオ、ドゥーブルが1985年にリリースしたアルバム『Blue』に収録されている曲で、シングル・カットされてヒットを記録しています。
ON AIR NOTES
どんな会話を交わしたのか。
何を見たのか、何を聞いたのか。
その音の向こうに何があったのか。
Kunichi was talking …
★★★★★★★
先日、久しぶりにベトナムへ行きました。すごく好きな国なんですが、僕がベトナムという国を知ったのはお恥ずかしいというか、不謹慎なんですけども、戦争ものの映画や本を読んでからでした。僕が小さい頃は映画の「ランボー」とかがすごく人気があった頃で、そこから「地獄の黙示録」みたいな映画を見たりしてベトナムという国を知りました。小さい男の子は、その目的を知らないままに飛行機とか戦闘機や戦車、軍服みたいなものに興味を持ってしまうことが多いと思いますが僕もその一人でした。僕はテキサスに住んでいた頃に随分年上の退役軍人の人にたくさん会いました。朝鮮戦争やベトナム戦争に従軍した人は、たいてい日本に滞在したり、そこの基地に所属したことがあるらしく、そういう人たちに会いますと『九州の基地にいた』とか『横須賀にいた』とかで、懐かしがられて親切にしてもらいました。『戦争自体は地獄だったけど、ベトナムは本当に素敵な国だよ』と彼らも言っていました。久しぶりにこの春に訪れたんですけど、もともと元気な国でしたが、特に今は経済的にも新興国として活気があるんじゃないでしょうか。街にいても、意味もなく溜まる若者たち。自分もその一人でしたが、昔は日本でもそういう人たちをたくさん見かけた気がします。ベトナムのホーチミンとか、歩いていると未来がすごく開けてるんじゃないかなって感じました。ベトナムというのは昔フランスの植民地だったので、その当時の建物がまだまだたくさん残っています。それは僕がすごく好きな理由の一つなんですけども、とにかくこの植民地時代の建物が僕のツボで、見るたびに胸がキュンキュンするんです。ヨーロッパ建築、ちょっと大きい木のドアみたいなものがアジアの気候に合わせてある、というところが、なんとも素敵だなぁと思うんです。瓦屋根がありながら木製の大きいドアがあって、それが開け放たれていたりすると本当に素敵で。昔、インドのゴアというところにもよく行きましたが、そこも昔はポルトガルの植民地で、ちょっとタイプは違いますけどもコロニアルスタイルという植民地建築がたくさん残っていました。いつかはこういう家に住んでみたいなって思うぐらい素敵でしたね。高さが2m〜3mくらいあるような木のドアに石の床。それを裸足でピタピタと歩くんですけども。窓は大きくて、屋根が長く伸びていまして、その下がポーチになっているんです。籐の木かなんかで編んだソファーが置いてあって、そこに座って音楽を聴いたりするのは、余生に余裕があるのであれば、ぜひ10年くらいそういうところで過ごしたいなと思っています。
★★★★★★★
ベトナムというと、僕はまず建築が好きで、海ももちろん好きですし、そして飯です。とにかく安くておいしい。日本人に1番合う東南アジア料理はベトナム料理なんじゃないかと思います。といっても僕は若いころ苦手な食べ物がありました。それはパクチーやレモングラスのような香草というやつです。タイにいた時なんて、本当にそれだけが地獄で、目を皿のようにしてひとかけらも残さず取ったりしたこともあるんですが、出汁がアレですからね。鼻をつまんで食べたりしていました。それから日本に帰ってきて、日本食が食たべたいなって思うんですけど、友達と待ち合わせると『きっとアジアばかり行ってるからさぞかしエスニック料理が好きなんだろう』ということで、待ち合わせた先がタイ料理屋だったりして『もう食べたくないよ』みたいなことが多かったです。でも、年を取って唯一良いことというのは、いろんなものが食べられるようになる。これはきっと舌や鼻が麻痺してきてるからなのかもしれませんが、若いころ匂いや苦味が嫌だと思っていたものが、そう感じなくなってくるんです。それが今回のベトナムでは開花いたしまして。クレソン鍋とか、10年前の自分が見たら席に着かなかったような料理を自ら好んで食べていました。とにかく味付けもいいんです。ヌクマムとかベトナムの醤油かな、何が入ってるのかわかりませんが本当にうまいです。フォーがすごく好きなんですけども、この10年くらいはバインミーというサンドイッチが特に好きです。これはベトナム風フランスパンに肉やパテ、それにパクチーや酢漬けの人参や大根を挟んだものです。僕はこれ、365日毎朝いけるくらい好きです。何がうまいって特にパンで、植民地時代にフランスから本格的なバゲット文化が入ったらしいですが、通常、中力粉を使うところに薄力粉を使い、場所によっては米粉を使うらしいですが、それに多めの水を入れるんです。そうすると外側はバリッといって、半分にすることができる。クリスピーなんですけども中はしっとりしていまして。これが食べやすいんですよ。フランスパンはおいしいですけど噛み切れなくないですか?僕はこの間パリに行った時も見たんですが、おばあさんがフランスパンのサンドイッチを食べようとして、噛み切れなくてほぼしゃぶってました。そういう悲劇が往々にして起こるんですが、このベトナムのバゲットっていうのは歯が2・3本なくったってむしゃむしゃいけるくらい食べやすいです。なんでこんなにパンについて詳しいかというと、気になりすぎてパン屋さんに聞いたんです。片言英語だったんですが、裏までいって根掘り葉掘り聞いてきたんで、多分あってると思います。
タイとかプーケットはもう少し身近に感じるようですが、ベトナムに行ったって言うと『へー、で、何するの?』って言う人が多いです。でも、人は本当に温かいし、建物は素敵なものがたくさんあるし、そして物価も安いしご飯も本当においしい。そしてぜひ街中に溜まる若者を見て、“元気な国”というものを実感してみてください。日本の繁華街で何百人という日本人の若者が意味もなく溜まる光景というのは、昔はたくさんありましたが今はないと思うんです。それって国の力が弱くなってるんじゃないかなって。そういう無意味な集いみたいなものを大人の僕たちが若い人から奪っちゃってるんじゃないかなと思います。ああいう光景がなくなる国っていうのはなんか未来がないのかなって僕は思うので、それを実感するためにも、ぜひみなさんもベトナムに行ってみてください。
野村訓市
1973年東京生まれ。幼稚園から高校まで学習院、大学は慶応大学総合政策学部進学。
世界のフェスティバルを追ってのアメリカ、アジア、ヨーロッパへの旅をしたトラベラーズ時代を経て、99年に辻堂海岸に海の家「SPUTNIK」をプロデュース。世界86人の生き方をたったひとりで取材した「sputnik:whole life catalogue 」は伝説のインタビュー集となっている。
同名で「IDEE」よりインテリア家具や雑誌なども制作。現在は「TRIPSTER」の名で幅広くプロデュース業をする傍ら、ブルータス等の雑誌などで執筆業も行う。