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訓市が antenna* からセレクトした記事は・・・
日本人が驚く韓国旅行の「お金事情」 コロナ前の感覚で行くとハプニングも!?【K-POPゆりこの沼る韓国】
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『TRAVELLING WITHOUT MOVING』・・・
「動かない旅」をキーワードに旅の話と、
旅の記憶からあふれだす音楽をお届けします。
ナヴィゲーターは世界約50ヶ国を旅した野村訓市。
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#465 --- いつ以来?その記憶さえ朧げ ---
テーマは「ソウル」。
前回、いつ訪れたかの記憶さえない韓国、
「ソウル」の地に降り立った訓市・・・
道路は広くなり、ビルは高くなり、
目に入る景色の一つ一つに
驚きを隠せなかった変わり様につて語る。
今回の旅の目的とは?
いつもの仲間たちと過ごしたソウルの夜・・・
帰路の途中で思いがけず
苦労してしまった理由について。
滞在中に現地で接した人たちは誰もが親切だったが・・・
唯一、訓市が嫌になってしまった出来事とは?
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「旅」と「音楽」に関するエピソードや思い出の
“お便り”をお待ちしています。
「旅先で聴きたい曲」のリクエストも大歓迎!
手紙、ハガキ、メールで番組宛てにお願いします。
番組サイトの「Message」から送信してください。
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宛先は・・・
〒106-6188
株式会社 J-WAVE
TUDOR TRAVELLING WITHOUT MOVING 宛
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MUSIC STREAM
動かなくても旅はできる。
ミュージック・ストリームに
身をゆだねてください。
Drive / Incubus
All About Soul / Billy Joel
Rock / Olamide
What's It All About? / Jockstrap
Floatin' / 舐達磨
Bird With A Broken Wing / Weezer
Just A Friend / Biz Markie
Dna / LANY
Endless Summer / Fennesz
ON AIR NOTES
どんな会話を交わしたのか。
何を見たのか、何を聞いたのか。
その音の向こうに何があったのか。
KUNICHI was talking
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あっという間に8月が終わってしまい、まだまだうだるような暑さが続くらしいですけども、カレンダー的には夏も終わってしまったと感じる時期になりました。2019年の夏以来、本当に様々な行動制限がありましたけども、久しぶりにそれが無い夏でしたが皆さんの夏はいかがだったでしょうか?久しぶりに帰郷した人、海外に出かけて行った人と、夏らしい日々を過ごしたんじゃないんでしょうか。喉元過ぎればなんとやらで、みんなコロナの頃の夏っていうのがどうだったっけ?っていう感じですっかり忘れてしまいましたけど、僕は東京の夜をウロウロと歩きながら、外国人観光客で溢れる街を見るにつけ、ちょっとコロナ禍の夏が懐かしくなったりもします。オーバーツーリズムという言葉がありますが、なんだか上手くバランスって取れないものなのかなーと思います。僕がこの夏に何をしていたかと言うと… こう言ってはなんですが19年のコロナ前と同じような普通の夏を過ごしておりました。たくさん音楽を聴きに行って、たくさんお酒を飲んで、たくさんガードレールに腰掛けてダラダラ話をしたりして千鳥足で帰ったりしていました。フジロックに行って大声で歓声も上げましたし、台風の影響で土砂降りの中、車で軽井沢にも行きました。BPMは一体いくつなんだろう?と思うくらいの速さで動くワイパー越しに走る高速も何だか久しぶりな気がして素敵に感じました。海の向こうでは相変わらず戦争も続いていますし、人が亡くなっているにも関わらず、だらっと夏の日常が過ぎて行く。異常気象に山火事もたくさんありましたし、世界では色んなことが起きているのに・・・なんでしょうかね。目先の喜びに気を取られ過ぎて世界にあまり気が向かなくなっていたような気がします。コロナが蔓延した最初の夏っていうのは何か世界がもう少し危機を前にして団結していたと言うか、近くに感じたものですが、またあの時のようなっていう訳じゃないですけども、世界は1つなんだっていうのをちゃんと考えたり感じられたりするようになった方が良いなって気がします。そうやってダラダラと過ごしてしまったんですが、先日、韓国のソウルに行ってきました。僕が最後にソウルを訪れたのは20年くらい前のことで全く記憶がないんですけども、昔はソウルに行くというのは飛行機のトランジットのついでとか、そんな感じで、旅行先にソウルを選ぶ同年代や若い人というのはあまりというか、ほとんどいなかったと思います。大体が仕事で韓国に行くっていう人が多かったのかな。それから時は経ち、韓流ドラマやK-POP、ここ最近は韓国の話を周りで聞くことが随分多くなりました。若い友達はしょっちゅうソウルに行っていますし、そこでポップアップをやってきたとか、DJしてきたとか…。そんなに韓国って人気なんだと思っている時に、番組でも何度か出てきたと思いますが、ニューヨークのスケートブランド「Supreme」という長い付き合いの人たちがソウルに店を出すので、オープンに来てくれないかと言うので2泊で行ってきました。
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羽田から飛行機に乗って、あっという間にソウルでしたね。2時間ちょっとって言っていましたけど映画を1本観終わらないうちに着いてしまいました。先日久しぶりに福岡に行ったんですけども、マイル表示を見たらそれより短かったです。こんな近いの?って思いました。ささっと入管を通って、一路ホテルへ。あれこんなに道が大きかったっけ?とか、たくさん看板があるな〜随分と高層ビルがあるな〜。もう比較になる記憶が曖昧なので怪しいものですけども、東京から日本の他の大都市に来たような感覚でした。夜、早速大人数で焼肉を食べに出かけて、そこからスケートビデオの上映会をして、そのまま同じ店で酒を飲みました。言葉が分からないだけで、なんとなく大阪かどっかに来て騒いでいるような雰囲気。こりゃあ若かったら来やすいだろうなーと思いました。街って歩かなきゃ分からないじゃないですか。飲んだあと、その店からホテルまで20分から30分って聞いていたので一人で歩いて帰ろうと思ったのですが、困ったのは皆どうやら現地のアプリを使うらしく、Googleマップに徒歩の表示が出ないことです。何度やっても再表示って出て、電車の乗り換えのマップは出るんですけど、車と徒歩だと出ないんですよね。幸いAppleの方のマップアプリが使えたのでそれを使いましたが。アプリと言えばタクシーもそうで、カカオというアプリを使うと言われて見たんですけども、全部ハングル表示。ローマ字じゃないので全く分からなくて、日本にいる外国人観光客ってこういう気持ちなの?っていうのを味わったんですけども、なんかね、オリジナルのアプリが多いみたいですね。翌日は韓南だの梨泰院などをウロウロ歩きましたが、どの店が良かった楽しかったと言うより、東京と同じくらいの気温と湿度にやられました。もう少し涼しいかと思ってたんですけども、全然そんなことなくってはっきり言って昼間は何もやりたくなかったですね。夜はSupremeの店のオープニングがあって、アフターパーティが梨泰院でありました。さすがの僕でも「梨泰院クラス」とかは出た時に強制的に観させられたので知ってます。なるほどここね、とキョロキョロしていました。渋谷というか六本木というか、とにかく音楽が爆音で漏れているお店が多く、たくさんの若い外国人がうろうろと徘徊しています。そうですね、40オーバーの人に言うとしたら2000年前後の六本木とかそういう感じでしょうか。それにしても何だか僕が最後に来た時とは街全部が様変わりしたような。ただ国が元気なんだろうなということは何となく肌で感じました。それはタイやベトナムもそうですが、色々と問題がたくさんあるにせよ、国が伸びているというか景気が悪くないという時の空気感が漂っています。それは最近、自分が日本では感じていないものです。「大丈夫かな?日本」と言うか、日本ってとにかく日本のマーケットがそこそこ大きいので、そこばっかり見てるものが沢山あるじゃないですか。電化製品とか芸能の音楽とか。もう少し外に出て行くっていうのを強く出していかないとダメなんじゃないのかなーと思いました。ソウルはとにかく人もみな僕が会った人はやたら親切でしたし明るい人たちで、楽しい時間を過ごして帰って来ました。こんなに暑くない時にまた行っても良いなーなんて思ったんですが、一つだけものすごく嫌いなものがありました。それは電気自動車のタクシーに乗る機会が数回あったんですけども、電気自動車ってブレーキが効くというかアクセルを離すとすごいエンブレがかかるんですよ。それを多分ガソリン車にずっと乗っていたおじさんの運転手が運転するんで、こんなに小刻みに動いたり止まったりみたいな運転ってある?ポンピングブレーキってやつですけども、止めてくれって言っても言葉が全く通じないですから、多分僕らが何を嫌がってるのか分からなかったと思うんですが・・・。まぁ車で酔ったのって何年ぶりだろうってぐらい酔いました。車酔いが嫌いな人は絶対に電気自動車のタクシーには乗らない方がいいと思います。
野村訓市
1973年東京生まれ。幼稚園から高校まで学習院、大学は慶応大学総合政策学部進学。
世界のフェスティバルを追ってのアメリカ、アジア、ヨーロッパへの旅をしたトラベラーズ時代を経て、99年に辻堂海岸に海の家「SPUTNIK」をプロデュース。世界86人の生き方をたったひとりで取材した「sputnik:whole life catalogue 」は伝説のインタビュー集となっている。
同名で「IDEE」よりインテリア家具や雑誌なども制作。現在は「TRIPSTER」の名で幅広くプロデュース業をする傍ら、ブルータス等の雑誌などで執筆業も行う。