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Just realaxin', because it's Sunday night
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『TRAVELLING WITHOUT MOVING』・・・
「動かない旅」をキーワードに旅の話と、
旅の記憶からあふれだす音楽をお届けします。
ナヴィゲーターは世界約50ヶ国を旅した野村訓市。
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#494 --- “お便り”ナイト ---
リスナーの皆さんからの“お便り”を紹介。
リクエスト曲もオンエアします。
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「旅」と「音楽」に関するエピソードや思い出の
“お便り”をお待ちしています。
「旅先で聴きたい曲」のリクエストも大歓迎!
手紙、ハガキ、メールで番組宛てにお願いします。
番組サイトの「Message」から送信してください。
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宛先は・・・
〒106-6188
株式会社 J-WAVE
TUDOR TRAVELLING WITHOUT MOVING 宛
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MUSIC STREAM
動かなくても旅はできる。
ミュージック・ストリームに
身をゆだねてください。
Dancing In The Moonlight / Toploader
Come And Play In The Milky Night / Stereolab
Care / Hana Vu
Departure / Baths
好きなこと / 柊人
Traffic In The Sky (Lee Perry × Subtatomic Soundsystem Dub) / Jack Johnson
Small / Lamb
A Letter To My Buggers / Brandon Coleman
Good Riddance (Live Version) / Green Day
ON AIR NOTES
どんな会話を交わしたのか。
何を見たのか、何を聞いたのか。
その音の向こうに何があったのか。
KUNICHI was talking
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★From RN:小さい方のあっこ さん
私にとって本を選ぶ、眺めるということが「traveling」する時間だと思っています。
幼い頃、毎週末、ご自分の蔵書を子供達に貸し出すという自宅図書館のようなことをして下さっていて、さまざまな本に触れる機会があったこと。週末が待ち遠しいという気持ちを味わえたこと。たまに、おやつをご馳走になったことは大人になった今でも時々思いだす幸せな時間です。このような場所を作ってくれたご近所さんに感謝しています。 最近は日本の伝統色の辞典を眺めては、漢字の音の響きや昔の文化に思いを馳せています。訓市さんの本にまつわるエピソード、何かありましたら、是非お聞かせください。
☆KUN:
何度か話したことがあると思うんですけど、僕が小さい頃、自分の部屋があったんですけど、 誰も読まない本っていうのが全て僕の部屋に収蔵されていまして、まぁ世界文学全集とか日本文学全集。あとは世界ドキュメンタリー全集ってのがあったんですよ。漫画も何もなくて、部屋にあるのがその全集しかないもので、すごく漢字は難しいんですけど、それを読み出したのが多分本を好きになるきっかけで。またそこに昔の冒険家のドキュメンタリーとか、そういう話ばっかり載ってたんですよ。報道カメラマンの伝記とか。きっとあれが大きくなったらどっか遠くに行きたいなって思うようになったきっかけなのかなと思って、今の生活があるのも全部親のせいだなと恨んでいます。
★From RN:ぽぽぽ さん
ニセコで聴いてます。都会の多忙さに嫌気がさし、引っ越してきました。どこか旅に行くことは少なくなりましたが、こっちに来てから登山を始めました。ソロ登山は気楽にできますが、昨年、とても熊が多く、1人での登山時はこちらのラジオを流しながら登っておりましたが、野村さんの声が低音ダンディで、熊避けには向いてないような気がして…。ただ、お便りやセンスの良い選曲で気持ちよく登ることができました。今の時期は、ほぼ外国人しかいないです。毎朝、こんな田舎ですが大渋滞です。田舎だけど、田舎じゃない・・・こんな町が好きです。野村さんはニセコに来たことはありますか?
☆KUN:
確かに。自分で言うのも何ですが、熊避けには向いていないような気がしますが、もう少し大きい声で歯切れ良く喋った方がいいんですかね。ま、とにかく音楽も、でろーんとしたのが多いですからね、この番組。熊避けには向かないのかなと思いつつ、もしかしたら熊さんの気持ちもメローになってですね、一緒に蜂蜜を舐めたりする、そんな素敵な時間があるかもしれません。ニセコ、もうずいぶん行ってないですけどね。最後に行ったのは、ちょうど外国人観光客が増え出した頃に行ったのが最後だったと思うんで、もう15〜16年経ってしまいましたかね。行こう行こうと思いつつ、札幌から移動するのがだるいなとか、そのうち外人だらけだって聞いて、なんでわざわざ国内で外人のとこに行かなきゃいけないんだとか。そんなことを思っているうちに、「とっても高いよ」って言われて。そうか、とうとう価格も外国仕様になってしまったんだっていう感じです。実際、友人がレストランを開けるので、「内装をやってくれ」って言われてやったんですけど、僕自身は現地には行かないで作ってしまいました。美味しいのかな。今度食べに行こうとは思っています。
★From RN:ビカクシダ さん
今まで、ずっと大切なはずだった『ラジオ』から離れてしまっていたのですが、環境が変わり、ラジオは必要なものだと分かり、再び聴くようになりました。野村さんのラジオを聴いていると、みんな様々、人生の物語のようなものについて読まれており、私は人に語れるほどの人生を持っていないなあ〜と思いながらいます。ぼうっと過ごしてきた代償なのかとも思います。リクエストはBaths の 「Departure」 です。ぼうっとしながらも、何かを思い続けながら、ここまでの時間にいたことを感じられる曲です。
☆KUN:
語れるほどの人生っていうのが何なのかっていうのは分からないんですけども、必ず人にはそれぞれの物語っていうのがあると思うので、卑下しないようにしてください。人生の物語っていうのは、それをどう表現するかっていう方法がそれぞれ人によって違うんじゃないのかなって思うんですよね。文章で書くのが上手い人もいれば、ペラペラ喋って面白おかしくできる人もいますし、 写真でそれを表現する人とか、服の趣味でそれを表現したりとか、表し方っていうのは色々あると思います。ぼーっと過ごした人生の物語ってどんなのかっていうのを何の形で表現するかっていうのは、考えてみても面白いんじゃないんでしょうか。
★From RN:タクマーリー さん
先日、8年間勤めた大手アパレル企業を退職し、沖縄に6泊7日の1人旅をしてきました。那覇から石垣島、小浜島へ転々と移動する、「食」と「リラックス」をテーマにした1人旅。小浜島ではホテルが主催するマングローブカヤックツアーに参加したのですが、そのガイドさんに非常に大きな刺激を受けることとなりました。シーカヤックで世界中を旅して周った海洋冒険家の方で、小浜島のマングローブの生態から、人口700人の小さな島に来た経緯まで、2人乗りのカヤックを一緒に漕ぎながら、色々と話してくださいました。小浜島の透き通った浅瀬一帯に低く生い茂るマングローブ。元々陸地に生えていたが、他の植物との生存競争に負けて海へ移動して独自の進化を遂げた不思議な植物です。人間の社会でも1つの場所で安定を求めて仕事をする人間もいれば、厳しい環境でも自分に合った働き方、自分に合った仕事を探して日々を過ごす人間もいる。ガイドさんとそんな話をしながら、「人間も植物も一緒なんだな〜」 と、今まで心にのし掛かっていた「前職よりも大きな会社に入らないと」「年収を上げて生活水準を上げないと」という、強迫観念にも似たモヤモヤがスッと解けたような気がしました。海外旅行が多そうな訓市さんは、国内旅行で人生観や価値観を変えてくれる場所はありましたか?
☆KUN:
あんまり人生観が変わったとか無いんですけどね。楽しかったなあとか、面白い奴に会ったなーとかって言いながら、大したことしてないんですよ。ただ、自分の中の考え方がそうやって変わってくとか、モヤモヤしていたものがよりクリアになったりっていうことは多々あると思います。社会って大きいですから、どっかに自分のポジションがあるのかなと。そういうことはよく考えますね。自分に向いた職種とか環境とか、お金は悪いけど楽しい、楽しくないけどお金がいい。2、3年働いてお金を貯めようとか、その自分の目的に合わせてなんとか居場所を探すっていうのはすごく大事なことだと思いますし、正解はないと思うんでね。とにかく一度きりの人生で、ここにいて、時間を過ごして、正しいと思えればそこで過ごすっていうのは良いんじゃないんでしょうか。僕は楽しく働いているように見えるんですかね。よく同じようにしたいとかって言われますけど、まぁ、ふらふら自分で仕事を見つけて、人と楽しく喋りながらできるんだったら色んなことをやればいいし、ちょっとでも予定が空いちゃって、仕事がないと不安で寝れなくなるような人にはとても向かない生活だと思いますし。何が良いんだか分からないですから、自分に合った場所を見つけていきましょう。
★From RN:べんぞう さん
私には旅の経験があまりないのですが、留学の経験はあります。19歳から25歳まで、南ドイツのフライブルグに2年。その後、ベルリンに約4年住んでいました。当時のフライブルグには外国人に対して冷たいドイツ人も多く、ドイツ語も話せなかったので、最初は暮らしにストレスを多く感じました。しかし、現地で好きなインディーロックバンドが出来てから、彼らの哲学的な歌詞を解読するためにドイツ語を勉強し始めたところ、格段に上手くなり、そのお陰で現地で友人を作ることができ、結果として、そのバンドのリーダーとも仲良くなれました。日本に住んでいた頃は人と積極的にコミュニケーションを取る性格ではなかったのですが、ドイツでの背水の陣の暮らしが無理やりオープンな方向に変えたような気がしています。40歳になった今、私は某カフェチェーンでコラボレーション企画を専門で担当しています。コラボレーションは先方との協業があっての仕事ですので、コミュニケーションは欠かせません。この番組を聴きながら、もしかするとドイツでの暮らしが無ければ、今の仕事はしていないのかもしれないなと、ふと思いました。
☆KUN:
そうですね。海外に1人でいるっていうのが味噌ですけど、どんなに人と口を聞きたくなくても、強制的というか、そういう状況に追い込まれるじゃないですか。メニューを見て食べ物を頼むとか、電車の切符を買いに行ったらダイヤが乱れていて、止まってるみたいな時っていうのは駅員さんとかと言葉が違っても話さなきゃいけませんし、ああいう経験って結局自分にとってもすごく意味があったというか、生きてるなって常々思ってます。もともとは東京のすごい小さいコミュニティーで育って、どこか世の中舐めてたと思うんですよね。小っちゃい世界で何でも知ってるというか、こういうことだったらあの人に言えばどうにかなるだろうみたいな。そういうのだけ身につけてしまって、外の世界に出ると、いかに自分が小さな枠の中で生きてきたかっていうのに気づくものです。コミュニケーションって本当に大事で、海外の人たちと、このあと仕事どうなっちゃうんだろうとか、IT系の人と話したりする時に、あと何年でどのぐらいAIが進むか分からないけども、結局人の才能として一番必要なのはコミュニケーション能力で、どうコミュニケーションを取って新しいアイデアを生んだり形にするかっていう、そこだけはAIは代わりになれないと言ってます。というわけで、この番組を今聴いてるリスナーの皆さん、将来のためにですね、家にいないで、一人でたまには飲みに行ったりして、隣の兄ちゃん・姉ちゃん・ばあちゃん・じいちゃんに話しかけて、ランダムな会話を楽しむっていうのはいかがでしょうか。
★From RN:taxman さん
関西で食品メーカーに勤める会社員です。先日はパリ特集でしたが、私も15年ほど前に新婚旅行で訪れました。ツアー旅行だった事もありパリ観光はほぼ1日で、自由行動は夜、妻と2人で街に繰り出したものの、治安の悪さと夜の街のいかつい雰囲気に妻がナーバスになり、無理矢理バーに入るも「ホテルに帰りたい」の一点張り。バーテンが親日家だったようで気さくに対応してくれましたが、僕だけ酔っ払ってテンションが高い様を見兼ねたのか、「お前は本当に日本人か?」と突っ込まれる始末。妻のナーバスも解けることがないまま、泣く泣く地下鉄に乗りホテルに帰りました。夜の海外、基本出歩くのは気をつけろと言われますが、先日に出張で行ったLAでは、ダウンタウンでブランドン・コールマンのバースデーライブ情報を発見。深夜に1人で110号線を飛ばして参加してきました。パリ以上に夜のLAのダウンタウンは恐ろしかったですが、とてもいいライブで良い経験になりました。先ほど、訓市さんがSNSにニューライトらしき写真を上げていたので、きっとスティーヴ・レイシーの公演で大阪かなと思いつつ、体調崩しているので、グッと行くのを堪えています。羨ましい限りです。
☆KUN:
まあね、治安が悪い…。日本人って、アジア人もそうですけど目立ちますからね、出で立ちが。そうは言っても自分も日本人なんですけど、街中に立って誰が観光客で誰がこちらに住んでる人かって言ったら、まあ9割以上の確率で当てることができます。いつも不思議なのが、東京で会うと手ぶらなのに海外に行くとカバン持ってる人とかで、「途中で雨が降ったら」って言うんですけど、「東京だって途中で雨降るよ」「それは500円傘を買えばいいんだ」って言うんですが、じゃあアメリカでもどこでもそうすればいいのにってすごく思います。備えあれば憂いなしで、夜危ないのは危ないですから、とにかく腕時計とか金のものを身に着けない。カバンも身に着けない。お金は現金とカードをポケットにちょっと分散して入れとけばいいぐらいで出かけましょう。そしてLA、車移動になりますけど、同じ街でも道の反対側で治安が大きく違ったりしますから、くれぐれもどの通りのどっち側に停めるかっていうのだけはよく気を付けてください。
野村訓市
1973年東京生まれ。幼稚園から高校まで学習院、大学は慶応大学総合政策学部進学。
世界のフェスティバルを追ってのアメリカ、アジア、ヨーロッパへの旅をしたトラベラーズ時代を経て、99年に辻堂海岸に海の家「SPUTNIK」をプロデュース。世界86人の生き方をたったひとりで取材した「sputnik:whole life catalogue 」は伝説のインタビュー集となっている。
同名で「IDEE」よりインテリア家具や雑誌なども制作。現在は「TRIPSTER」の名で幅広くプロデュース業をする傍ら、ブルータス等の雑誌などで執筆業も行う。