BIN'S ROOM

菅原敏の詩の世界をご紹介

2020.02.25

『白と黒』

ピアノがこぼれる三軒茶屋のカフェ。
渋谷からタクシー乗り込み、246から茶沢通りを少し入った雑居ビルの二階。この店には、一台の古いピアノがあります。
この店のピアノのための一編の詩を。

『白と黒』菅原敏

車がずらりと連なって
クラクションが
鳴りわめいているので男は
果たしてこの渋滞の始まりは何かと
タクシーを降りて
蛇の頭でも探すように
8月の真昼間 歩きゆく
たどり着いた雑居ビルの前
狭い道にトラックを止めて
配送業者の男たちが5人がかり
古いピアノ ビルの中へと
運ぼうと躍起になっているのだが
ドアはピアノを頑なに拒み続け
どうしても通り抜けることはできない
繰り返すうちに
エナメルの塗装は 剥がれ落ちた
白と黒の
鍵盤はぽろぽろこぼれ落ちて
乾いた音符をいくつか奏でたあと
ひざから崩れ落ちて 死んでしまった
男たちは汗を拭きながら
タバコを一本吸った
そしてピアノの亡骸を
トラックに積んで
走り去っていったので女は
骨のような白鍵を一本拾い
それからタクシーを拾った

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