「編集者の若林恵です。坂本龍一さんが2ヶ月に一度お届けしているレディオ・サカモト。今回の放送も、坂本さんは療養中のためお休みです。代わりに私、若林恵がナビゲーターを担当させていただきます。って、誰やねんって話だと思うんですけれども、これまで坂本さんの代わりにナビゲーターを錚々たる方がですね、務めてこられたんですけど、いきなり、もうぐっと格落ち……えーと私、しがない編集者でございまして、若林恵と申します。よろしくお願い致します。ここで恒例になってるみたいなんですが、坂本さんからメッセージが届いてるということで、ご紹介させて頂きます。」
若林さんとは、それほど長い付き合いではない。
数年前のある夜、話が彼のことに及んで、
友人が急に呼び出したんだったと思う。
急な誘いにも関わらず出てきてくれて、
すぐに話が始まった。
自然に音楽の話になったのだが、
驚いたのは音楽を川に例えると、
かなりマイナーな細い支流の先まで熟知していることだ。
というのも、たまたま僕が好きなアイスランドの
若い女性現代音楽作曲家を当然のように、
若林さんも好きだ、というのだ。
知っているだけですごいのに。
この一件で、この人は本物だと僕は判断した。
その判断に、今のところ狂いはない。
「て、めっちゃ怖いメッセージが、ものすごくハードル上げられた感じが(笑)……しますけれども、えーっと、ちょっと坂本さんの目に恥じないように、頑張らせていただけたらと思っております。よろしくお願いします。」
今回は坂本さんからプレゼントがあります。ジョニー・デップが製作主演を務め、水俣病の存在を世界に知らしめた写真家ユージン・スミスとアイリーン・美緒子・スミスの写真集を題材に描いた伝記ドラマ、映画『MINAMATA―ミナマタ―』。9月23日から、東京TOHOシネマズ日比谷ほか全国で公開されますが、この音楽を坂本龍一さんが担当しました(オリジナルサウンドトラックも今月22日にリリース)。今回は、この映画の劇場鑑賞券を3組6名様にプレゼントいたします。気になる方は、番組の感想などとともにこちら からご応募ください。
■教授が音楽を担当した映画『MINAMATA』の劇場鑑賞券をプレゼント!
RADIO SAKAMOTOからのプレゼントです。
今回は、ジョニー・デップが製作主演、教授が音楽を担当した映画『MINAMATA—ミナマタ—』の劇場鑑賞券を3組6名様にプレゼントします。ご希望の方はコチラ からご応募ください。
番組の感想やメッセージも、ぜひお書き添えください (教授と番組スタッフ一同、楽しみにさせていただいてます)。当選者の発表は、発送をもって代えさせていただきます。
<対談:若林恵 × 宇野重規 (政治学者)>
『プラグマティズム = "行動主義"。絶対正しいものが分からないからこそ、試してみよう、実験してみようと。』
若林「今回のゲストは、政治学者の宇野重規さんです。民主主義と自由、コロナ対策やフェイクニュース対策、デジタル民主主義といった話題に触れられたらと思っております。」
若林「ご無沙汰しております、ご無沙汰しておりますっていうか……」
宇野「直接お目にかかるのは初めてですね。」
若林「初めてなんですよね(笑)、どうもあの、今日はお忙しい中ありがとうございます。」
宇野「よろしくお願いいたします。」
若林「えー今夜は、先生の著書「民主主義のつくり方」をヒントに、まぁ "自由と民主主義" っていうお題で、ちょっと短い時間でありますがお話できたらと思っております。よろしくお願いします、ちょっとでかいお題ですけど(笑)。」
宇野「ちょっと話題が大きい感じがしますけれども、なるべくカジュアルな話からいきましょう。」
若林「そうですね。僕は先生の「民主主義の作り方」っていう本が、もう、ものすごい好きで。これ2000何年でしたっけ。」
宇野「ありがとうございます。2013年ぐらいですかね。」
若林「まあこういうと僭越なんですけど、これ俺の考えていたことじゃんっていうね(笑)。」
宇野「嬉しいですね。」
若林「いやいや本当に僭越で、ていうかあの……自分がぼんやり思ってたのを、こういうふうに語れるんだっていうふうな、非常に嬉しい驚きがありまして。今日はちょっとこの本をヒントにしながら、お話を伺いできたらと思うんすけど、最初に僕が民主主義の話をするにあたって、この本の中でですね、これ結構最後の方なんですけれども……ある社会起業家の方が投票によらない社会改革っていうものが必要なんだっていうふうなことをおっしゃっているのが出てきまして、この一節はすごい好きでして。あの僕、基本的に選挙はだいたい行くんですけれども、まずもって自分が入れた人が当選したことがないっていうふうなこととか、まぁ投票って言っても、本当に1年でそれに費やした時間といえば、まあ往復の近くの小学校まで歩いてく時間合わせたところで、2時間ぐらいじゃないすか。で、そこで起こす社会の変革みたいなものっていうのって、それはそれでまあ意味は当然あるんですけれども、比重としておかしいんじゃないかっていう気がしていて(笑)、だから、どっちかというと仕事っていうチャンネルをもうちょっとそれは社会を変えるための回路として使えるんじゃないかっていうふうなことを思ったりしてるんですけども。この投票によらない社会改革っていうところから、ちょっと宇野さんにお話を伺いできたらと思いますが。」
宇野「はい。確かに私、政治学者ですけれども、民主主義って言うと投票だってみんな多くの政治学者は言いますし、まぁ世の中の人もそう思ってると思います。でもそのアントレプレナーの方は、例えば…… いま自分たちがいいなと思う活動をやっているNPOに寄付をすると、税が控除されると。実質的に見れば自分の税金の使い道を指定することもできると。つまり世の中を変えるっていうのは必ずしも投票によって自分が支持する政治家や政党が政権を握らないと実現しないというわけじゃなくて、こういう政策いいじゃない!と思うんだったら、それに応援すると。で、それが少しでも実現に近づくならば、政治に参加したことになるだろう。」
若林「うん。」
宇野「もちろん選挙は重要です。選挙によって政権が決まって、それによって大きな動きが起きるということは間違いないんですが、今、若林さんがおっしゃったように、別に選挙の日だけ民主主義……じゃないと思います。」
若林「そうですよね(笑)」
宇野「365日みんなが少しずつ、社会はこうしたら良くなるのに……と思うことに、何か少しでもみんなで行動したり、話したり少しずつしていく。そういううちに、気づかないうちに社会が変わっていくっていうのも、民主主義だと思います。」
若林「うん。最近ちょっと僕、興味持ってるB corpっていうアメリカでの認証制度があって、それは基本的には何ていうのかな……ビジネスっていうのを彼らの言い方だとForce for Goodって言ってるんですけど要するに、良いことを成し遂げるためのある種の力としてビジネスをどう使えるかっていうふうな話。で、やっぱり何かそこにも何ていうのかな、選挙だけではない社会の変え方っていう……ビジネスっていうものをちゃんとそういうツールとして使うっていうか、なんかそういう感じは面白いし、もうちょっとそういうのが広がると本当はいいんだけどなっていうのは思ったりしますよね。で、その、言い方をまあそのルソー型の言っていいんですかね……民主主義ではなく、まあある種の実験民主主義っていうふうな言い方で、ご本の中でこう書かれているかと思うんですけども。」
宇野「はい。ルソーの名前が出てきたんで、ちょっと話がややこしくなっちゃうんですけど、ルソーはもちろん選挙の日だけが民主主義じゃないと思っていた……だからこそ皆が一つの意思、公共の意思、社会全体でちゃんと一つの意思を形成して、そのような人民の意思によって、政治を行うっていうのを理想にした人です。でも、問題はどうやったらそんな一つの人民の意思……よく民意なんて言いますけど、あれは選挙の翌日に、新聞記者とか政治学者が民意の審判が下ったとか言いますけど……」
若林「(笑) うん。」
宇野「だいたいあんなの後事例であって、どこに民意がなんて分からないと。だからこのような考え方、一つの民意っていうのが確固としてあるんだっていう……こういうのがルソー型というならば、そうじゃないというのが、いま若林さんにご紹介いただいた、まあ実験型……僕の本で言いますと、アメリカのプラグマティズムという思想があるんですが、19世紀南北戦争の時期のボストンですね。ハーバード周辺の若い哲学者たちが……多かれ少なかれ戦争で傷ついた若き哲学者たちが、絶対的な真理なんて本当にあるんだろうかと。思う中で、何かこう宗教的、政治的な絶対的に正しいというのがもしあればそれでいいんだけれども、それは分からない。彼らは南北戦争で悩みましたから。」
若林「うんうんうん。」
宇野「これは絶対正しいってのが分からないからこそ、みんな試してみようと、実験してみようと。」
若林「なるほど。」
宇野「つまり実験というのは、あらかじめこれが正しいってわかってるんじゃなくて、分からないからこそ、まあ自分の力の及ぶ範囲で、自分の責任で、何か一つ実験をしてみると。で、うまくいったら、これは少し前に進んだと。でももしかしたら失敗するかもしれない。民主主義ってのはそういうもんだろうと。一人ひとりが何かこう自分の身の回りで実験をする、社会的実験をして、うまくいったらそれはみんなに採用され広がるし、そうでなければやり直すと。修正すると。こういう発想……なんか一個の民意が挙がって、ガーンとそれの審判が下るというよりは、みんながあちこちで小さな実験をしてるうちに気付いたら社会がガラッと変わってるっていう、こういうモデルですね。」
若林「なるほどなるほど。だからこれは、例えば何て言うんですかね……あのプラグマティズムに関して、宇野先生のご本の中からちょっと簡単に一節ご紹介すると、"プラグマティストたちはある理念が、それ自体として真理であるかどうかにはほとんど関心を持たなかった。重要なのは、むしろ各自が自らの理念を持つことに関する平等性と寛容性である" っていうふうなことを書かれていて、要は……まあ何考えてても別にいいんだけどっていう(笑)ふうなことだとは……で、それを認めると。そこに対して寛容であることっていうことを多分、提起したんだと思うんですけども。とはいえコロナ、疫病を終息させなきゃいけないとかっていうふうなことはあるわけだったりするので、プラグマティスト的に今の状況を考えると、どういうふうな見立てになるんですかね。」
宇野「なかなかこれ難しいですね。今の引用していただいた一節はとってもまあ大切というか、難しいところでして、これ勘違いしやすいのは、プラグマティストたちは理念が真理であるかはどうでもいいんだと、いわゆる相対主義者……まあ何でもありだ、っていう人たちでは決してないんですね。」
若林「なるほど。」
宇野「さっき言ったように南北戦争で戦いに参加した人も、あるいは戦争に行かなかった人も多かれ少なかれ傷ついて、戦争に参加するべきかしないべきかと悩んだときにみんな、一生懸命自分は正しいんだっていう哲学的な議論を持ってきたり、宗教的なの持ってきて、でもなんというかこう自分たちの行為を最終的に決定できるような絶対的な正しさってないんだ、って思った人たちなんですね。」
若林「うんうん。」
宇野「じゃあもう何でもいいや、っていうんじゃなくて、彼らは一人ひとり自分の信ずるところで試して実験するしかないんだと。その代わり、自分がもし実験をするならば、他人が違う理念を追っかけて違う実験をしてるんだったら、それは認めようよっていう。で、どれが結果的にうまくいったかによってチェックしてみよう……ただそれもたまたまうまくいっただけかもしれないから、たまたまうまく成功した人たちが正しいとは言わないと。暫定的に、少し今回はよく対応したと。またそれをちょっとやってみると、また違う事例が出てきてうまくいかないかもしれない。だからある種の謙虚さですよね、絶対的真理がない。」
若林「なるほど。」
宇野「コロナって本当にいま難しいのは、実は専門家同士でも対応策が違って、かなり議論が違う中で、これに対応しなきゃいけないと。最終的には、やっぱりこれは政策責任者が自らの責任において、どの専門家の意見をどのように採用するかっていうのは決めなきゃいけないですし、結果的にそれがうまくいくかいかないかの責任も政治家が取るべきだと思います。しかし、そのようなものを繰り返す中で、相対的には、この手法が今の状況には対応してるんじゃないのか、ある時うまくいったから、ずっとうまくいくかってそういうわけではなくて、次のフェーズではうまくいかないかもしれない。常にそのとき自分はどういう理念に基づいてどういう選択をして、どういう実験をしたかと。それを常にチェックし直していく。その中でより良いものに近づいていくっていう、この感覚がみんなで共有できたらいいんですけど、今の日本だけではないですけど、コロナ対策……ややこう、その場その場っていうのがあって、しかも多くの人にとって、なんでこれ採用したのかよく分からないっていう。少しずつでもみんなの実験で少しずつ前に進んでるっていう感覚が共有されれば、それでも我慢できるんですけど。誰が決めたのかがよく分からないとなってくると、どんどん、みんなフラストレーション溜まってきますよね。」
若林「なるほど。先ほど引用をさせていただいた箇所ね、たぶん大事なとこが抜けてたんですけども、 "プラグマティストたちがある理念がそれ自体で真理であるかどうかにほとんど関心を持たなかった" ……で、その後に、"というよりもそれが真理であると証明することは不可能であると考えていた。そうだとすれば、ある理念に基づいて行動し、その結果期待された結果が得られたならば、さしあたりそれを真理と呼んで構わない。彼らはそのように主張した" って先生が書かれてるんすけど、結局、一個ポイントだなと思うのは、自分の考えをその考えとしてだけ、それの正しさみたいなことを言い張っても多分あんまり意味がないっていうふうに考えたし、それはどこにも行かないっていう……多分、そのプラグマティストたちはおそらく考えたんだと思うんですけど、やってみないと分からんだろ(笑)っていうふうなアクションっていうところに、一つ大きい軸足があるように見えていて。で、その行動っていうのが、誰かが俺はこう思うんだけど、ってやった行動みたいなものが……例えばそれが社会に、ある種こう拡張していく中で、習慣化していくっていうふうなことをプラグマティストたちはとても重要視したっていうふうなことも書かれてると思うんですけども、何かそういうふうにその社会をアクションを通して何箇所か伝播されていき、それがその社会に受け入れられたり受けられなかったりする中で、社会が答えを見いだしていくっていう、何かそういうプロセスっていうのを考えたのかなっていうふうに思うんすけど、その行動っていうところに重きが置かれるっていうところが、僕は面白いとこだなと思ったんですけれども。」
宇野「おっしゃる通りですね。あのプラグマティズムのプラグマってのは、古代ギリシャ語で行動ですんで。」
若林「ああそうなんですね。」
宇野「"行動主義" って意味なんですが、先ほど申し上げたように、南北戦争の時代ですから、どちらの立場にもそれぞれの意味は、大意はあると思うんです。で、こちらは正しい、いやこっちが正しいんだっていう血で血を洗う戦いになって、同じ国民であるアメリカ人同士で60万人も死んだと。これにもうすごく傷ついた哲学者たちなんですね、だからものすごくよくできる人です。パースって人は数学者としてすごくできましたし、ジェームズさんも心理学者として大成しますし、ホームズっていう後に連邦裁の判事になる人もいますし、すごく優秀な哲学者たちですけど、彼らがそろって行動だ、って言ったのがすごく面白くて。つまり絶対的に自分が正しいってお互い傷つけ合っていくことに対しても、彼らはある意味でうんざりしてた。じゃあ、そのときに "行動" っていうと、まずは自分だけ自分の責任のとれる自分の範囲内で何か動いてみる、行動してみる。で、それをチェックして修正していく。それがうまくいってたら、他人に真似しろっていうんじゃないんです、いいなと思うし、習慣……行動習慣ができれば、周りがおのずと、あっ、あの人はああいうふうにやってるんだ。って、これはいいなと思うと。別に強制なんかしなくても、気づいたらみんな真似してると。」
若林「うん。」
宇野「だから社会を変えるためには革命なんていらないんだと。これは面白い、これはいいじゃないかっていう、新しい行動スタイルとか習慣ってのを作れば、おのずとみんなに採用されて気づいてみれば社会が変わっていく……傷ついた彼らにしてみると、こういう社会の変え方の方が、なんかしっくりきたんでしょうね。まずは自分でやってみる、っていうそういう行動じゃないですかね。」
若林「なるほどなるほど。特にITの世界って、やってみようっていう感じが非常に強いんですよね。というのは多分、基本的なネット上の、例えばデジタルサービスみたいなものって、基本完成系っていうのがずっとベータ版であり続ける、みたいなネイチャーがあるからだと思うんですけども。アクションし続けなきゃいけないっていう……改変し続けなきゃいけないっていうふうな中で、その設計図、ちゃんとした設計図を書くよりは、まあ、まずはやってみようみたいなことっていうことが、非常に重視されてる中で、それこそ台湾のオードリー・タンさんが、自分たちはデジタルリテラシーって言葉は使わないと。リテラシーという言葉を使わないで、コンピテンシーって言葉を使うんだと。つまりコンピテンシーってのは、能力っていうか、その何ができるかっていう。だからあなたは何を知ってるのかっていう問いではなくて、あなた何ができるのかっていう問いの中で、例えば「こういう行政サービス作ろうと思うんだけども、君、デザインできる?」「君、翻訳できる?」って、そういうふうに人のアクションをこう、紡いでいくことによって、ある種のサービスを作り出していくっていうふうな話をされてたんですけど、なんかその話とプラグマティズムの考え方っていうのは非常に親和性が高いなっていうふうな感じが……僕はするんですけど、いかがですかね。」
宇野「そうですね、あのー、おっしゃっるように伺ってるとなんか、近いような気が、してきました。」
若林「ふっはっはっは(笑) すいません。」
宇野「あの、確かにリテラシーって大切なんですけど、一つ間違えるとリテラシーって、お前そんなことも知らないの、もうちょっと勉強してから出直してこいよと。」
若林「うんうん、そうそう(笑)」
宇野「まずは勉強しないと発言しちゃいけないよ、みたいな感じに、場合によっては聞こえるかもしれません。一人ひとりが何かこう自分の持ってる能力でやってみたらいいじゃないかと。で、それぞれ一人ひとりの能力……それをコンピテンシーと呼んで、で、そういったものを若林さんの言葉だと "紡いでいく" "繋いでいく" ということによって社会を変えていけばいいじゃないかっていう。つまりプラグマティズムのイメージって、単一の意思、共通の意思が支配するんじゃなくて、一人ひとりが実験してそういった無数の実験があることによって社会が変わっていくってイメージですから、みんなが自分が実験をして何かクリエイティブな形で、全ての人が何かクリエイティブなことを自分なりに大きい小っさいあるでしょうけれども、自分の手の届く範囲内でクリエイティブなことをして、それが繋がっていくってイメージは、あるいはコンピテンシーって言葉……なんかしっくりくるのかもしれません。」
若林「いいんですよね。例えば今のワクチン推進派、アンチワクチンみたいな人たちって、どっちかっていうとその完全に、リテラシー……合戦じゃないすか(笑)。なんかつまり、俺らの方がこれだけ正しいんだ、と。それってやっぱり本当に「もっと勉強してから出直して来い」みたいな言葉って、たぶんTwitterとかでやたら出てくるわけですよ(笑)。で、いやこんな情報もこんな情報もあるとかっつってそれで底なし沼だと思うんですよね。選挙でっていう最初にあった話……選挙行きましょうって話って、結局なんか終始リテラシーの話なような気がするんですよ。つまりもっと勉強して社会で起きてる問題が何かをもっと勉強して、よりそれの解決に近い人たちを選ばなければならないのである。だから、そういう話になって必ずあー自分はもっと勉強しなきゃっていう感想になるわけですよ。じゃあみんなが宇野重規先生みたいになんなきゃいけないのかなって、ちょっと無理じゃないですか(笑)。それで要するに、馬鹿は何も言うなみたいな言説が一方でそういう考えを支えてる、みたいなことなんか、やっぱこれはなーなかなか……。」
宇野「よくわかります。あのー、今時の学生さんって一般に真面目なんですよねってか、すごく真面目なんで。しっかり自分たちは勉強してない、知らないから投票する資格もないみたいなことを言ってる人いるんですよ。」
若林「はい。」
宇野「いやそんなこと言ったら、どれだけ勉強したらようやく投票できるんだってよく分からないのに、みんなあらかじめ自分たちは知らないから、だから政治に対してどう関わっていいか分からないっていう、明らかにリテラシーのイメージで考えてますよね。でも逆に違うイメージで言うと、例えば自分が欲しいもの……マーケットで買うのと同じように、自分と同じ政党がいれば投票するけどいないから投票しない。って、これもう完全にマーケットモデルで考えてる。正直どっちのモデルも僕限界に来てると思うんですよ。」
若林「本当そう思います。」
宇野「つまり、何か知らなきゃ何も言っちゃいけないとか、あるいは自分とぴったり好きなもんじゃなければ買わないっていうんじゃなくて、まず今の議論で言えば、自分が社会を良くするためにこういうことをしてみたい、ちょっとやってみたいときに、まず動いてみる。んで、少しずつそれが良いか悪いか実験して、良ければみんなが広がって採用してくれるっていう……それって民主主義でしょう。」
若林「ふふふふ(笑)」
宇野「なんかどうも僕、リテラシーモデルやマーケットモデルよりは、プラグマティズム的な、とりあえず実験して行動してみて新しい習慣を作り出してみようっていうモデルの方が、なんか今の僕らにとってみると、使い勝手の良い民主主義に近づけるような気がするんです。」
若林「それはほんとそう思いますね。」
宇野「やっぱりね、全か無の法則で、これ絶対正しいか絶対間違ってるとか、少しでも間違っちゃいけないとか言うと楽しくなくなるんですよね。」
若林「うんうん。」
宇野「いいか悪いか分かんないけ、どちょっとこれ面白いじゃんっていうものをみんなで少しずつ持ち合ってるときに、何か思いがけない化学反応を起こして、へー、こういうことやるんだ面白いね、じゃあ僕これ付け加えてみる。ってやったときに、人間ってのが一番ワクワクして面白いなと思うと思うんですよね。」
若林「なるほどなるほど。」
宇野「そういう意味でだから、プラグマティズム的な実験によって少しずつ足していく……全か無の二項対立に陥らない。完璧主義で萎縮しない。こういう態度って今の時代、楽しく生きていくためにも、自由に生きていくためにもすごく重要だと思います。」
若林「なるほど。」
若林「僕は本当に実験民主主義っていうか、そのプラグマティズムの民主主義の考え方っていうのは、みんなが非常に持ちやすいアイディアだと思うし、もうちょっと広まるといいなと思って、今日その話させていただいたんですけど、非常に勉強になりました。」
宇野「こちらこそ本当にそのように受け取っていただいて、本当に嬉しく思っております。ありがとうございます。」
若林「そろそろ、お別れの時間で、最後にもしこれから出されるご著書とか……」
宇野「はい、ありがとうございます。まあ、「民主主義とはなにか」っていう本を、去年書きまして、すごく民主主義に対する関心、あるいは逆に危機意識が皆さんあるということで、私、東京大学の公共政策大学院を中心に行っている「チャレンジ!!オープンガバナンス」といって、地域の課題を行政が示し、一般の住民や学生さんがそれに具体的な提案をするというコンテストにずっと参加してるんですが、その関係者の皆さん、あるいはそこですごく面白い提案をした市民の皆さんと対談をすると、それでこの対談集を間もなく出す予定ですし、その上で僕、実は民主主義について書きましたけど、最後はやっぱり自由について……自分のまだ頭の中だけの予定ですが、自由とは何かってもう1回きちんとやっぱり議論し直したいなと考えてます。」
■ 対談:若林恵×宇野重規 ノーカット版をYouTubeで公開しました。
VIDEO
<若林恵:プレイリスト>
「今夜の放送は療養中の坂本龍一さんに代わって、編集者の若林恵がお届けしております。ここからは、私が最近よく聴いていて、大好きなアーティストをご紹介できたらと思います。」
「最初はですね、Smerzっていうですね、ノルウェーの二人組の最新作『Believer』から、「Flashing」という曲をお送りしたいと思うんですけれども。この2人組……女性の2人組で音楽大学出身なんですけれども、非常にインテリジェンスがあるんですけれども、とはいえ、とても自由な音楽を作る人たちでございまして。今回のアルバムではエレクトロとバロック音楽みたいなものがですね、こんな結びつき方すんのかっていうふうな……驚くような発想で音楽が作られていまして、この人たちも僕は大尊敬してるんですけれども。お送りする曲はですね、おそらく確かどっかのインタビューでAaliyahの曲をモチーフにしたというか、何かそれをインスピレーションにして作ったっていうふうなことを書いてて、ポップソングみたいなものっていうのを作りたかったんだってどっかで言ってたと思うんですけれども。なので非常に何ていうのかな、ポップスなんですけど、訳わかんないシンセが途中から入ってきて、最後の方にはバロックバイオリンみたいな音が出てくるっていうですね、よくよく聴くとめちゃくちゃな曲っていうものでございまして。非常に短い曲であるんですけれども、聴いてみていただけたらと思います。」
「続いての曲はですね、Galya Bisengalievaっていう、カザフスタン系の英国人のヴァイオリニストの曲をお届けしたいと思うんですけれども、この人はですね、まぁ現代音楽の人なんですけども、Radioheadの界隈とかにいらっしゃるような方で、昨年出した『ARALKUM』っていうアルバムが非常に僕は好きだったんですけれども、まぁこれは自分で演奏したヴァイオリンを電子加工をしていって、どんどん形を変えていくっていうような、そういう音楽の作り方をしているものなんですけれども……なので、まぁなんかアンビエント・エレクトロ・現代音楽みたいのが、ぐしゃっとなった感じのものなんですけれども。このアルバムが非常に面白かったのはですね、カザフスタンっていうか中央アジアにかつて、アラル海っていう巨大な湖がありましてですね、これ東北地方と同じぐらいの大きさだったっていうんですけども、まぁこれが、いわゆる環境破壊で、なくなっちゃったんですよ。湖がどんどん干上がってっちゃったということが起きて、これ地球上最大の環境破壊と言われる、非常に大きい社会問題にもなったものなんですけれども。それをテーマにしたもので、一種なんていうんすかね……消滅していく海っていうものへの、こうレクイエムであるかのようなアルバムだったんですけれども。これのリミックス版っていうのが、多分10月15日にリリースされるんですけれども、まぁその中で1曲……JlinっていうJukeとかFootworkとかって呼ばれるジャンルの音楽家がいまして、その方がリミックスしたのが出てますんで、それを聴いていただこうかなというふうに思っております。」
Barsa-Kelmes (Jlin Remix) / Galya Bisengalieva
「続いてはですね、イェリン・ベクっていう人を紹介したいと思うんですけれども。日本だとペク・イェリンていう言い方で、まぁ普通に逆になってるだけですけれども、お馴染みの方も多いかも知れなくて……というのも「愛の不時着」っていうドラマのサントラに参加してるアーティストでございまして。まぁ「愛の不時着」のサントラに入っている「Here I am again」っていう曲で、綺麗なバラードなんですけれども、実際このペク・イェリンという人はですね、まぁ10歳ぐらいから韓国の芸能界にいて、2012年にJYP(エンターテインメント)って大きい事務所からデュオ "&15" で、まぁアイドル……ちょっと音楽できるアイドルみたいな感じの扱いでデビューしてった人なんですけれども。この人も本当に好きで、あの2019年にJYPから独立して、直後にBlue Vinylって自分のレーベルを立ち上げると。一作目『Every letter I sent you.』っていうアルバムが出ていて、これが2枚組の全曲英語のアルバムで韓国でも非常にヒットしたんですけれども、僕は去年、2020年の12月に出た2作目『Tellusboutyourself』っていうのがすごい好きで。おそらく彼女がアイドルから脱却して、自分がやりたい音楽をやるっていうふうなことが実現できたアルバムだと思うんですけど。ハウスだったりエレクトロポップみたいなものを非常に洗練された形でですね、実現してて。で声がね、まぁほんっとに癒される……清涼感のある声で、このアルバムやたらと聴いてるんですけれども。で、そうですね、このベク・イェリンって人は、それこそK-POPの中でも例えばBLACKPINKのジェニーとか、Red Velvetのイェリって人がファンだっていうことを公言してる。なんてのもありますんで、韓国の音楽業界の中でも、本当にまぁ非常にインディペンデントの活動してる人なんですけども、ある意味リスペクトされてんだなと。で、彼女、自分のレーベルからThe Volunteersっていうバンド名義でロックアルバムなんかも出していて、本当に独立独歩で、もう好きなことしかやらない、みたいな感じっていうのがかなり明確に出始めてて、僕はこの人ものすごいリスペクトしてるんですけど。9月10日に新作のカバーアルバムと思しきものが出るっていうのが、インスタなんかでは情報が出てるのでそれも楽しみにしたいなと思ってます。」
「続いては、Moor Mother & Billy Woodsで、「The Blues Remembers Everything the Country Forgot」っていう曲をお届けしたいと思うんすけど。Moor Mother……これもう変わったミュージシャンなんですよね。この人ジャズっぽいこともやりつつヒップホップっぽいもこともやりつつ、ノイズみたいなものとか、フリー即興みたいな事をやったりとか、あとはハードコアパンクみたいなこともやってたり。非常に多作なですね、黒人の女性アーティストなんですけれども、この1年だけでも、多分7、8枚アルバムがリリースされてるんじゃないかと思うんですけれども。非常にハードコアなお姉さまでらっしゃって、こないだ僕ちょっとインタビューさせていただいたんですけれども、非常にこう、知的な物静かな方で、楽しくインタビューさせていただいたんですけども。彼女、自分がやってることを意識の人類学っていうふうな言い方をしていて、なんていうんですかね……歴史の中にいた黒人のある種の意識っていうものですね、まぁ音楽を通じてフィールドリサーチするっていうふうなことを、ご本人はそんな感じで説明されてたと思うんですけども。ちょっと時空を超えてですね、黒人の意識っていうものを探っていくっていうような、非常に面白い試みをしてる人で。この方の新作がですね、9月17日に出ます。『Black Encyclopedia of the Air』っていうアルバムなんですけれども、これちょっと僕も予め聴かせていただきましたけれども、アルバムとしては多分、彼女が作ったもの中では一番聴きやすいものだったりするので、興味ある方ぜひ聴いていただけたらと思うんですけども。今日をかけるのは、去年の暮れに出たアルバムで、Billy Woodsっていうアンダーグラウンドヒップホップの鬼才、トラックメーカーと一緒に作った『Brass』っていうアルバムがありまして、これもね非常に音楽がこう……いわゆる "Stream of consciousness" っていうか、意識の流れみたいなものっていうのは、あんまり制御しないような形で、自由連想っぽくこう、曲がワーッと流れていくっていうふうな印象を、僕はこのアルバムに持っていて。これ、繰り返し聴いちゃうんだよなっていうものでございます、はい。」
The Blues Remembers Everything the Country Forgot / Moor Mother & Billy Woods
「続いては、Li Yileiさんっていうですね、中国出身でロンドンを拠点にしてるサウンド・アーティストですかね……の作品をかけたいと思うんですけれども。アルバムが3週間ぐらい前かな、に出たんですけれども、彼女はアスペルガー症候群を持つノンバイナリーのアジア人だ、っていうふうに、ご本人のプロフィールには書いてあるんですけども。このアルバムではですね、アナログシンセとか、いわゆるフィールドレコーディングとか、ボーカルサンプルとか、あとヴァイオリンとか古琴のような楽器を使ってですね、結構、こう立体的なアンビエント……エレクトロ音響作品なんですけれども、これがまぁ気持ちいいんですよねぇ。なんかこう、部屋っていう感じがするような、何か居心地の良い好空間ができてるっていうふうな感じでございまして。何か資料とか読むと、コロナ期間中に中国に帰ってたらしくて、中国本土のホテルで制作したみたいなことっていうのが書かれていたりするんですけれども。まぁ内省的ちゃあ内省的なんですけれどもね。とはいえ、ニュートラルな音楽空間になっていて、これは誰が聴いても、ちょっと気持ちいい音楽かなっていうふうに思ったりします。で、ちなみに、このアルバムを出したときにですね、中国にオカリナみたいな楽器があるらしくてこれ "塤" =シュンとかケンとかっていうらしいんですけれども、それを自分たちで作ってBandcampで販売してたっていうふうな話があるんですけど(笑)、あっという間に売れちゃったらしいんですけど、それ欲しかったなぁなんて思ったりしてます。」
「続いては、Fatima Al Qadiriというですね、クウェートの方なんですけれども、セネガル生まれで現在は多分ニューヨークにいらっしゃると思うんですけれども、この方もサウンド・アーティストって言っていいんですかね、の作品をご紹介したいと思うんですけど、この方はあのおっさん外交官で作家、お母さんも作家っていう、多分クウェートのある意味、名門家系なんですかね……の娘さんっていうふうなことなんですけれども。僕、彼女のことを知ったのは2019年のカンヌのパルム・ドール獲った『アトランティックス (Atlantics: A Ghost Love Story / Atlantique) 』っていう映画がありまして、これマティ・ディオプっていう女性監督が撮ったものなんですけど、彼女もフランスの方なんですけど実はセネガル出身で、で、セネガルを舞台にした映画なんですけれども。これご覧になった方いらっしゃるかどうかわかんないですけれども、音楽も素晴らしかったし映像も良かったし、何よりストーリーが本当に面白くて。ボートが沈んで死んじゃった人たちがですね、幽霊になって自分の町に帰ってきて、夜になるといろんな人にとり憑いてですね、会えなくなった恋人に会いに行くっていうふうな、非常に哀切なラブストーリーでございまして。これに音楽も非常に……基本的にシンセとか電子音使った音楽なんですけれども、まぁ映像とのちょっと不思議な相性の作り方みたいなのがですね、僕的には非常に興味を持った……ですけども、で、最近このFatima Al Qadiriさんていうのは、中世の千夜一夜物語とかをモチーフにしたアルバムを出していて、過去にはあの上海万博で音楽を担当されたりっていうこともあって、これ普通に多分配信で聴けると思いますんで、なかなかユニークな……ちょっと僕らがこれいいよねっていう感覚から、少しずれる、感じの音の選びとかだったりするかなとも思うんですけども、ものすごい面白いので、ぜひ聴いていただけたらと思うんすけども。あと一つ、その『アトランティックス』っていう映画の予告編をYouTubeかなんかで見てたらですね、これすっげー冴えたキャッチコピーがこの映画に付いてまして、"すべてのラブストーリーは、ゴーストストーリーである" っていうふうなキャッチがついてまして、まぁラブストーリーってのは、すべて幽霊の物語なんだ、って……なるほどって思ったりしました。というわけで、映画アトランティックス』サントラより。」
Yelwa Procession / Fatima Al Qadiri
「で、次がこのコーナーの最後の曲になるんですけれども、最後、坂本龍一さんの曲をお届けしようと思うんですが、『Beauty』っていう1989年に出たアルバムがですね、再発+ストリーミングに入るというふうなことだそうで、そこからの曲を聴いていただけたらと思うんですが。このアルバムはなー、僕は本当にあのリアルタイムで、本当に好きで聴いてたアルバムなんですよね。ゲストもすごいんですよ。今クレジット見ると……これピノ・パラディーノがベース弾いてんだ、おぉ!みたいなですね、驚きもあったりして、非常に優れたアルバムなんですけれども、ここでちょっとかけたいかなと思ってるのは、サミュエル・バーバーっていう、20世紀のアメリカの作曲家の「弦楽のためのアダージョ」っていう曲があるんですけども、それを坂本さんがアレンジされたもので。この曲はですね、あのジョン・F・ケネディのお葬式でかかった曲だそうで、それでわりと有名になった曲なんですけれども、『プラトーン (Platoon)』って映画をご覧になった人はよく覚えてるかもしれないですけども、あの最後の方でかかる……泣く子も黙る、涙なしには聴けない曲の一つなんですけれども。坂本さん、これをですね、中国の伝統楽器の二胡っていうものをメインの旋律に据えて、それと坂本さんのピアノと、あとアート・リンゼイが所々で意味不明のノイズを入れていくと、いうふうな構成になってまして、これはまぁ名演ですね。僕が仮に、お葬式でサミュエル・バーバーかけることになったとしたら、このバージョンをかけていただきたいと、いうぐらいの傑作だと僕は思うんですけれども……あの、このアルバムの実はポイントっていうのは、ちょっと先日、坂本さんに直接お伺いしたんですけども、ジェイソン・コルサロ(Jason Corsaro)っていうミキシングエンジニアがですね、やっぱ物凄かったんだっていうお話をされていまして、で、この方っていうのがですね、マドンナの「Like a Virgin」とか、デュラン・デュランの作品とか、あとシンディ・ローパーの「True Colors」とか、そういういわゆるメジャーの、どポップな作品ばっかり手がけている人なんですけれども、坂本さんとの相性が良かったっていうことなのか、非常に坂本さんが『Beauty』で作られた音楽っていうのに、ほんとに入れ込んでですね、これものすごい仕事っぷりだと、思います。まぁ録音も素晴らしく綺麗なのと、そのミキシングのところで何ていうのかなこう……ちょっと聴いたことないような世界をふわっと作り上げてくっていうふうな感じがですね、本当にちょっと聴いたことない、っていう……あの語彙が足りなくてすみません。という感じですけれども、あの素晴らしいので、これまぁアルバム出たら、改めて皆さんまた聴いていただけたらと思います。」
「で、今回は特別にですね、配信されるリマスター音源を特別にお借りしてきましたので、それを聴いていただくのと、あとそれとですね、再発される『Beauty』にはですね……なんと私がですね、非常に荷が重いんですが、ライナーノーツを担当させていただくことになりまして。えーと、こちらも楽しみにしていただけたらと思うんですけれども。もしCD買われて、あれ?これ若林さんライナーじゃねぇなっていうことがありましたら、それは私の原稿がボツになったということでございますので、残念でした。というふうなことで、ご理解いただけたらと思います。」
ADAGIO / Ryuichi Sakamoto
<坂本龍一:プレイリスト「RadiSaka2021-09」>
今回も、番組のために教授が選曲したプレイリストを約25分間ノンストップでオンエアししました。
Spotifyに、プレイリスト「RadiSaka2021-09」としてもアップしています。
<デモテープオーディション – U-zhaan, 長嶋りかこ, 蓮沼執太>
U-zhaan「ここからは、療養中の坂本龍一さんに代わって、僕、U-zhaan と」
長嶋「長嶋りかこと」
蓮沼「蓮沼執太の3人でお届けしていきます。」
U-zhaan「えー今日も、いつもどおり全員リモートでの審査となります。そうですね、リモートから抜けることが、また難しくなってくる状況ですけど。」
長嶋「本当ですね。」
U-zhaan「蓮沼さんと出演する予定だったフェスも中止になりましたね。」
蓮沼「そうだね。フェス……やっぱ大人数集めるような音楽フェスってのは、なかなか難しそうですね、注意も必要だし。」
U-zhaan「長嶋さんは、どんな近況がありますか。」
長嶋「私は、本当は今頃ヴェネチアなんですけど、行かなかったんですよね。ヴェネチア・ビエンナーレがやってるんで。今でも建築家たちはみんな行ってて、私はでもやっぱりちょっと、行くってなったら子供も一緒に連れて行かなきゃいけなくなっちゃうし……とか、ちょっといろいろ、その後の隔離とかちょっといろいろあるなと思って、日本で仕事普通にやってます。」
U-zhaan「あの、このコロナ禍になってから、海外とか出かけたことあります?蓮沼さん、長嶋さんは。」
長嶋「ないですよ。」
蓮沼「いや僕もないですね、ずっと日本です、うん。」
U-zhaan「こんなに日本にいることないですよね、なかなかね。」
長嶋「あ、そっか、特にインド行ってないもんね、U-zhaanなんかね。」
U-zhaan「インドは、本当に直前というか、大きく感染が広がる前、直前の1月いっぱいぐらいまで居たんですけどね、インドに。去年の。それ以来行ってなくて。で、僕の演奏してるタブラって楽器は消耗品なんで、もう、ちょっと破れてきてしまったり、いくつかのキーのタブラが。で、これはちょっと支障が出てきたんで。インドのプネーって町にタブラを注文して、つい先日、3つ届いたんですよね、その新品のタブラが。で、その新しいタブラを、出来たてのタブラを家に置いてみたら、できたてすぎて、ものすごい羊臭くて……羊じゃないや、もうヤギか。ヤギの皮の臭いがもう今、部屋に充満してますね。」
長嶋「へぇー。」
蓮沼「それは、臭いんだよね、多分。」
U-zhaan「うーん、臭い……臭いって言ったらヤギにも失礼だと思うので、なんて言えばいいんでしょうね。まぁ、臭いって僕が言ったんですけどね。」
一同「(笑)」
U-zhaan「蓮沼さんが失礼なこと言ったみたいな感じ、出しちゃった(笑) 芳しいっていうのも変だし。まぁ、ヤギさんの匂いがするなーって感じになってますね。」
蓮沼「うん。」
U-zhaan「ぜひ、嗅ぎに来てもらいたいですけど、今そういうわけにもいかない。」
蓮沼「ちょっと、リモートだと分からないんでね、臭いまでは。残念です。」
U-zhaan「じゃあ、デモテープ・オーディション優秀作の発表していきましょうか。」
蓮沼「はい。」
U-zhaan「今夜は、ここ2ヶ月の間に応募いただいた、150作品の中から審査していきます。150作品……またいっぱい送ってくださってありがとうございます。」
U-zhaan「「概念ラジオ」面白かったですね。」
蓮沼「面白かったです。」
長嶋「面白かった。すっごい面白かった。すごい作品いっぱい作ってるみたいですよ。」
U-zhaan「あ、そうなんですね。ちょっと見てみたいと思います。」
長嶋「見てみてください。いっぱいバーッって、たくさんありました。」
蓮沼「なんか今回は、まぁ概念ラジオもそうでしたけど、コンセプトがすごいいろんなコンセプトで、コンセプチュアルな音楽が多かったなっていう印象がありました。」
蓮沼「ついに僕、初めてですね、このオーディションコーナーでタブラ……まぁタブラじゃないけど、タブラボンゴを演奏している楽曲(を取り上げたのは)。」
長嶋「あはは。」
U-zhaan「うんうん。冒頭とエンディング2人で、タブラボンゴを演奏しているってシーンがあるんですけど、タブラボンゴっていうのは、タブラをインドネシアのダンドゥット的な感じで、ボンゴを改良してタブラみたいな音が鳴るようにした楽器で、ASA-CHANGっていうパーカッショニストの考案した楽器なんですけど、すごく広まってますよね。ASA-CHANGの長い啓蒙活動が。」
蓮沼「啓蒙活動っていうか、まあね(笑)」
U-zhaan「あれは本当に自分の作った楽器を、みんなに楽しんでもらいたいっていうすごい素敵な活動だなって思ってますけどね。実際、全国各地でいろんな人が演奏をしてるのを見て、すごいなASA-CHANGって思っていますね。」
長嶋「うーん。」
U-zhaan「執太よく知ってるね、タブラボンゴ。」
蓮沼「まぁ、ASA-CHANGの活動も見ていますし。」
U-zhaan「そのASA-CHANGのところでタブラボンゴを習ってた人が、あのフィルのオーディションに来たんだっけ。」
蓮沼「そう。あの、池田恭子さんっていう。」
U-zhaan「フルフィルの。」
蓮沼「ASA-CHANGの弟子って言ったらいいのかな。まぁASA-CHANGとこに勉強してた子が、タブラボンゴ演奏できて。うん。いい出会いがあったり。」
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